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10:清濁

   10:清濁


 (ことば)の最後の一句を言い終えると、ナハは瞳を開け、ほぅ、と息を吐き出す。

 壁に描かれていた呪紋様が、砂が零れるように壁面から剥がれ落ち、消滅する。

 濁水のように淀んでいた空気が澄み、さらりと軽やかになる。


「――はい、終了」


 足下には、小さな〈地〉の精霊が、ようやく、呼吸が出来るようになったといわんばかりに、口をぱくぱくとさせ踊っている。


「御助力をありがとう。 少しは楽になったみたいだね。 まだ、完全に毒が抜けているわけではないから、あとはあなた方で、この〈地〉の浄めをお願いするよ」


 足元の小精霊は、承諾するように明滅する。 ナハは笑顔を残し次の場へと向かう。


 旧宝物殿の堂内を手始めに、ナハは地下の要所要所で、穢された〈地〉を浄めながら、カラとアルフィナが通った後をなぞるように進んでいる。

 地上で感じていた以上に、キソスの〈地〉は(けが)されていた。 禍々(まがまが)しい、呪術により作られた液体を用い、地下のあちらこちらに封殺の呪句紋が描かれている。


「魔物の血に毒草から採れる猛毒――に聖獣の血の混合に――古い一族の人間の血も、入っているか。 よくこれだけの材料を揃えたもんだ。 しかも、キソスの地下中にコレを描いて歩いたとは……暇と体力もあるよなあ。 いくら金積まれても、こんな臭い仕事、私はやりたくないね」


 イリスミルトの宿周辺は、イリスやラスターの細心の配慮で、一般的な(けが)れを寄せ付けないが、その枠をひと足でも出れば、淀んだ臭気が大地から滲み出している。 鋭敏な者であれば、体調を崩し病み、その期間が長引けば、極端に体力のない者は、命の危険すらあるかもしれない。

 ナハは頭を掻きながら、いま一度大きなため息を吐く。 光球(ひかりだま)の微光の先に伸びる地下道は、幾重にも曲がりながら、まだ遥か先まで続いているのは確実である。 知らずため息が漏れる。


()らざるを得ないけど……長いねえ」


 〈地〉が(けが)れると、それは〈水〉に及び、〈水〉は大気へ融け、〈風〉にのり、容易に他地へと広がる。

 〈地〉は、〈源〉であり還る場である。

 それが穢されることは、〈火〉〈水〉〈風〉何れの存在であれ、看過できることではない。 現在は東の一地方都市のみの穢れでも、それは何れ、他地へも広がる怖れを孕んでいる。


 レーゲスタでは、精霊は、神〈エラン〉に並ぶ〈祖神〉として、単独で崇拝の対象とされることが多い。


 人間社会ほど細分されてはいないが、〈火〉〈水〉〈風〉〈地〉の精霊もまた、東西南北に分かれて集団を作っており、それぞれの地で、各属性の長たる〈王〉を頂く。 各属性の長であり、東西南北各属の代表である彼等は、八年に一度、ティルナの精霊王殿に集い、各地各属性の情報を交換する。

 〈風〉や〈水〉のように、流れ動く性質の精霊は、常に多くを見聞きしているので、「情報交換」という名目の集いは無意味であるが、四属は相扶(あいたすけ)、相克する存在であるため、他属性との関わりを絶つことはできない。

 交わりを嫌う〈火〉、変容を続ける〈水〉、自由を好む〈風〉、安定を望む〈地〉と、あまりにも性質が異なるゆえ、互いを解り、時には(たす)け、時に牽制(けんせい)しあうため、レーゲスタ大陸創世時より続く集いとなっている。

 


 精霊という存在は、何れの属性であれ、とても誇りが高く、容易に他を受け入れることをしないが、その中でも殊に〈地〉は、他属よりも保守性が強く、己が住属する〈地〉を離れることは、ほとんどしないといってよい。

 己の〈地〉を護り、他の〈地〉への介入をすることもしなければ、他の〈地〉からの介入も好まない。 それは、〈地〉の精霊の力を行使する地の長に対しても同じで、己の〈地〉で、他所から来た地の長が、その力を行使することを許すのは、非常に稀である。

 誇り高く(かたく)なな〈地〉の精霊が、流れ者のナハの行為を受け入れ、むしろ、感謝を示すほどに、キソスの〈地の者〉は疲弊しきっている。 キソスには、定住する地の長はいない。 ゆえに、ナハを受け入れる、致し方ない理由があるともいえた。


 地下への道を進むにつれ、指先が凍えるほどに気温は下がっていく。 光球の微光に、吐き出す息の白さが見える。 しかし、相反して、ナハの額には汗が滲んでいる。 粘るような、地下の重く淀んだ空気。 気を緩めると、闇の色に、じわじわと染められていきそうな、吐き気を伴う悪寒と頭痛がナハを苛む。

 ナハは再びため息を吐き、延々と続くかに見える先の闇を、頭をかきながら見遣った。 小さな光球が、ナハを励ますようにクルクルと、眼の前で円を描く。


「しかし、お子様二人は、よくこの中を進んだものだよなぁ。 アルには、イリスミルトが薬を飲ませ続けていたはずだから、まあ多少は耐性があったにしても……うーん、若いって、やっぱり羨ましいことだよね――」


 ナハのぼやきが終わらぬうち、地下空間へ涼風が吹き込む。 重く淀んだ空気が、さぁと流れ動き、濁りを沈め、浄められていく。

 一呼吸の後、空気は清く、爽やかで軽やかなものへと変化した。 空間の暗さに変わりはないが、幾分、明るくなったようにさえ感じる。

 その心地よさに、ナハが深く息を吸い込むと、後頭部を勢いよく叩かれるのが同時。


『ぐちゃぐちゃぼやいているんじゃないよ、聞き苦しい。 ったく、まだこんな所でノロノロしていたとは、ナサリィ・ハイエル・ティータ=ラスクス。 お前、本当にやる気はあるのかい? まだ、三分の一しか進んでないじゃあないか』


「酷いなあ。 カ・ナフィ・ルーイ。 これでも私としては結構、頑張ってやった、と思うのだけど?」


『何が〝頑張って〟だ。 お前、逢う〈地の者〉にいちいち、へらへら笑って挨拶なんぞしながら作業をして来たのだろうが。 愛想振りまく暇を省いておれば、もう少しは進んでおったはずだ。 ぼやいている暇と体力があるなら、さっさと先へ進まんか』


 背後の暗闇に、ぽうと現れたカナルへ、ナハは叩かれた頭を(さす)りながら視線を向ける。


「君が戻ってきただけで、更に(きよ)めは進んだから、私の持分は、残り三分の一を切ったんじゃないかな? 〈()のナフィ・ルーイ〉。 南の〈地の王〉の力を()ってすれば、残りはあっという間だ。 あと残り三分の一は、ラスターが浄めているんだろう?」


 腰よりも長く流れる漆黒の髪を、軽く背へ梳き払うと、カナルは腰に手をあて、地へゆっくりと降り立つ。


『――はん。 好戦的な〈火〉の、しかも〈炎帝(サーラム)〉のことだ。 焼き尽くすだろうさ、あの凍えた青の炎でな。 (きよ)め過ぎるくらいだろうよ』


「〈炎帝〉の力は、〈火の四王〉一という話だからね。 しかも、桁違いのようだ。 〈地〉の中にあってもなお、それを圧する激しい力。 こんな離れた場にあっても、肌を刺す鋭い痛みを感じるよ。 ラスターも〈炎帝〉も、ここでは一応、力を抑えてはいるだろうけど、間違っても、敵にはしたくないね。 ――でもまあ、私にはナフィがいるから、いざとなっても、心配はないかな?」


 カナルの緋の瞳がナハを捉え、細められる。


『――まったく、あたしも物好きだとしみじみ思うよ。 ハイエル・ティータ、お前のようなのと行動を共にしているのだからな』


「光栄なことだと思っているよ。 地の長で、君ほどの美人を、しかも、〈四王〉の一人を半身と出来たのは、長い精霊使いの歴史の中でも、風使いのセラム殿、と私、くらいだからね。 運命に感謝だ。 なんていったって、契約する精霊の力が、私達の力。 そして、寿命そのものだからね」


 ナハは屈託ない笑顔を見せると、カナルへ手を差し伸べる。 しなやかに、カナルは手を乗せ、艶然と笑んで見せる。


「〝命を売り渡すようなものだ〟と、精霊使いになるを拒んだ小僧の台詞とは思えないねえ?」


 精霊使いは、精霊と契約をする際、《名》と血を差し出す。 精霊がそれらを受け取り、被契約者たる精霊使いに、新たな《名》を与え、精霊の、力そのものともいえる《真名(まことな)》を明かした時、精霊使いと精霊の契約は成立する。

 契約以降、互いの《名》は、互いの間でしか口にすることは許されず、日常では、〝ナハ〟〝カナル〟といった〈仮名〉で呼ぶ。

 精霊と契約することで、契約を交わした精霊使いは、精霊の力の一部を常に行使できるようになり、また、非常に長命な精霊と共に在れるだけの寿命を得ることとなる。 それは、一般の人々とは違う、長く緩やかな時間。


「歳月と共に、人は変わり行くものだよ。 ――いや、人だけでないな。 この世の全ては変わるものだ。 例え、安定を望む〈地〉でさえも、ね」


 鼻先まで近付いた、カナルの彫の深い顔を見ながら、ナハは改めて笑んでみせた。


『――この件、本来なら〈東の王〉を出して、ケリを付けさせたいところだ。 だが〈東〉は鷹揚(おうよう)。 アラスターにも〈炎帝〉にも何も言わん。 歯痒いよ、まったく』


 忌々しげに言い捨てるが、その言葉には仕方がない、と言う響きが滲んでいる。


「〈東〉殿は、君と違って争いを好まないからね。 だけど、キソスの〈地の者〉は、〈東の王〉が〝来ている〟ことに気が付いているし、状況を理解してくれている。 だからこそ、本来部外者の私にも簡単に助力してくれる。 〝〈南の王〉を歓迎する〟と、さっき逢った〈地の者〉が言っていたよ。 これでナフィ、君も遠慮なく動ける。 どう? 私も頑張っていただろう?」


『よく言う。 それはお前だけの成果ではあるまいが』


「はは、その通り。 これもエアルースが地上を駆けて、先にキソスの〈地の者〉に伝えてくれているからだ。 お陰で楽に話が進んだ。 彼自身が〈狩り〉の対象になりかねないのに、こんな派手に働かせて、少々心苦しいね」


 燃えるような輝きを帯びる緋色のカナルの瞳を見つめ、ナハは困ったように笑う。


『あれは、このキソスに長く()ったユーラの気に入りの聖獣。 〈東〉の老体に並ぶ信を、このキソスの〈地の者〉から得ている。 この地のことを知り尽くしているんだ、使える存在(もの)は使えばいいさ。 とはいえ、〈東〉の老体にも、〈東の地〉を統べる長としての態度をいま少し示してもらわねば、このキソスの〈地の者〉の面目が立たん』 


「まあね。 しかし、仕方ないだろうさ。 (いにしえ)の盟約の際、〈東〉殿は〈地〉の代表として、ラスターの〈護盾(まもり)〉となったのだから。 キソスの〈地の者〉は皆解っているさ。 それに、それを言うなら〈南の王〉、カ・ナフィ・ルーイ。 君が、流れの地の長である私と共に放浪している方が、余程問題ではないのかい? 〈南〉の方々は、怒り心頭じゃないのかね?」


 カナルはふんと鼻で笑うと、褐色の長い腕をナハの首に絡ませ、ナハの唇に紅唇を重ねる。


『――それも、仕方のないことさ。 あたしはお前と()った。 そして気に入ったんだ。 〈南〉には、あたしの手足も同じ〈地の者〉が幾つかいる。 事あらば報せを寄越すし、少々のことならば奴等のみで十分だ。 だが、いざの時には、あたしの半身であるお前も、有無を言わさず〈南〉へ引っ立てるよ』


 ナハは土色の瞳を細め笑うと、いま一度カナルの柔らかな唇に己のそれを合わせた。


「本来、体温のないナフィ、君の唇が熱い。 ということは、怒っている――か、やる気が(みなぎ)っているか――。 まあ両方、かな?」


 ナハの鼻先で、カナルは妖しく危険な笑みを浮かべる。 緋色の瞳は、更に輝きを増す。


『〈東〉の出来事であれ、〈地〉を汚されたは業腹(ごうはら)。 この行いを見過ごすは、全ての〈地〉の屈辱。 〈火の者〉や、アラスターに全てをさせるもまた(しゃく)。 例え、相手が何であろうと、〈地〉を巻き込んだ対価を、仕掛けた輩に支払わせねば、腹が収まらん。 ――体力は、残っているだろうな?』


 ナハはカナルの腰に手を回し、緋色の瞳を見返しながら軽く肩を(すく)め笑う。


「君が〈地〉だということを、時々、疑わしく思うよ。 その好戦さはまるで、〈火〉だ。 ――まあ私も、だてに百数十年、君と時を過ごしたわけではないから、子供達を連れ出すまでの体力くらいはあるさ、多分ね。 居場所は、おおよそ見当が付いたし。 この先三回曲がった後に広がる、(けが)れが最も酷い空間――そこが、岩牢のある場だろう?」


 カナルは額にかかる髪を掻き上げながら、切れ長の瞳を進路へと向け、細める。


『その場にいま、このキソスの〈地〉を穢した術師もいる』


「ああ、酒場通りで私を誘った男達が言っていた、骨と皮の術師。 通称、セナ、ね」


 ナハは辟易(へきえき)したような表情で頭を掻く。


「イセラド=ソイル=ナジェル=オークス。 禍術(まがじゅつ)狂いのお尋ね者。 まさかあいつが、〈聖神聖教(シン・エルナイ)〉に潜っていたとはね。 ま、陰気で粘着質な奴の性格には、合った場ではあるか。 しかし、前に遇った時には、骨皮というより、転がした方が早そうな大男だったが、また、〈器〉を替えたわけだ。 未だ、あんな術に凝っているとは、執着だねえ」


暢気(のんき)に考察している場合か? その()れ者が、イリスミルトのところの小娘を使っているぞ。 小娘の髪は白銀に戻っている。 本人の意識は、ない。 ――グリオルス・ルーンスを、入れられたね。 なんとも(いや)らしい使い方を、しているじゃあないか』


 言い放ったカナルの顔には、はっきりとした怒りが見て取れる。 流れる黒髪が、生きているかのように、ざわめき動く。


「髪が白銀――ということは、イリスミルトのかけた護呪が解かれた、ということか。 うーん。 その状態じゃ、渡していた薬の効果も半減だな。 あの子は様々に影響を受け易い。 少々、まずいな」


『命は奪われまいが、急ぐに越したことはない。 すぐに〈器〉とすることは出来まいが、妙なものを入れ続ければ、小娘自体の体力が持つまい。 もう一人の、件の子供も気になる。 その子供と共に、妙なものが在る』


「妙なもの?」


『邪悪ではない。 だが――陽の下の存在ではない、闇に馴染んだ(かげ)りがある。 あたしら精霊に、〈火〉に近い。 だが違う存在。 聖獣か――。 どうにも、気に入らないね』


「カ・ナフィ・ルーイ。 君が把握しきれない存在とは、それは気になるな」


 ナハも顔から笑みを消すと、カナルの前に立ち、これから進むべき通路を見遣る。

 静かに、深く息を吐き出す。 


「我が名〝ハイエル・ティータ〟は貴女より与えられし《名》。 我に、その《真名》を明かし、口にするを許した、誇り高き南の〈地の王〉、カ・ナフィ・ルーイに請う。 我、ハイエル・ティータが、貴女の力をわが力と成すを、貴女は諾とされるか――」


 平素とは違う、一段低い響く声で、ナハは振り返ることなくカナルへ問いかける。 背後から、ナハの肩に手を回したカナルは、艶然と微笑み、ナハの頬へ口付けをする。


『何の、否やがあろう――』


     ***


 キサの一喝で、ラスターを囲んでいた剣士達は剣を納め、キサのはるか後方に退いている。 ラスターの放った青い炎の残りが、処々で闇を照らしうねっている。


「やはり、貴方は(いささ)かもお変わりがない。 こうして、再びお目にかかる日が来ようとは――巡り合わせというものは、実に面白いもの。 ……いえ、これは必然、でしょうか」


 黒衣に身を包んだキサが、灰色の瞳をラスターへ向ける。 かつて黒かった頭髪は、今は総白。 顔にも老いが見られる。

 ラスターは口を開くことなく、ただじっと、キサの瞳を見据えている。


「――未だに、(ゆる)せませぬか?」


 キサも視線を逸らすことなく、ラスターの青の瞳を見返し、落ち着いた様子で言葉を続ける。


「貴方にとって、あの方は、大切な朋友(とも)ではないのですか? あの方がおられなければ、アラスター=リージェス、貴方はこの場にいることはなかった。 そうでは、ありませぬか?」


 キサは変わらない、ゆったりとした口調で、ラスターに問いかけるように、一語一語を強調しながら言った。

 それでも変わらず、無言のまま自分を見据えているラスターに、キサは小さく息を吐く。


「――本当に貴方は、変わられない」


「変わらぬものが、あるのか?」


 短い問いに、キサは床に落としかけた視線を戻す。 白い、神像の如き顔に、相変わらず表情はない。 しかし、その青の瞳には深みが増している。


「キルセ・エーレ=サニア」


 キサの、欠けることのない《名》口にすると、ラスターはキサの額を差すように、右手をゆっくりと上げた。

 キサの表情が歪み、ぐらりと、足下が覚束なくなる。 ラスターの手にある刺青は、青白い光を帯びている。


「そなたが大巫子となったあの時。 私はそなたに〝エーレ〟の《名》と、シーラの〈血〉を与えた。 精霊王殿に、精霊王近くに仕える者のみに与えられる〈聖血〉。 そなたの身の内に流れる一滴(ひとしずく)の〈血〉が、そなたに長命と幾許(いくばく)かの力を付与した。 だがそれは同時に、戒め。 それは、そなたも知っておるであろう?」


 キサは苦痛の表情を見せつつも、膝を折ることなく、元の立ち姿に戻った。 気丈に立ってはいるが、呼吸が乱れている。

 その様子を見て、ラスターは薄い笑みを浮べると、上げていた手を下ろした。

 キサは、肩に圧し掛かっていた重荷を下ろしたように、ほっと、長く深い息を吐く。


「知らぬはずはあるまいな。 そなたは〈聖血〉の力を熟知している。 エランの〈血〉は、その力の象徴。 聖獣の創造主であるエランの〈血〉に、聖獣は戒められ、逆らうことは出来ぬ。 ガーランがあの折、容易に〈狩り人〉に狩られたは、そなたの血を塗った矢を受けたがゆえ」


 キサは深く息を吸い込むと、声を出さずに笑った。 何に対してかは判らない、長い笑い。

 笑いは突然止まる。 キサは視線を床に落とし、独り言のように口を動かす。


「――当然の成り行き、ということ。 あのグリフィスが連れられて来た時、貴方が、わたくしを捕らえに来られるは、わかっていた。 けれど、いまひとつの来訪者――あれは、まさか……」


 ラスターは手の上に、青に輝く炎を出現させる。 照らし出される顔に一切の感情はない。


「そなたが一番、存知おる者――」


挿絵(By みてみん)

次回、〈11:約束〉に続きます。

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