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遠藤くんは私に興味がないようなので、図書館から帰ることにした。
すると、背後から「待ちたまえ」と声を掛けられる。
遠藤くんだ。
私はきょとんとした顔で振り向く。
「はい。なんでしょうか」
「さっき、キミが読んでいた本だが、内容を理解できているのか?」
さっき読んでいた本?
ああ、『フェルマーの最終兵器』とかいう数学の本のことか。
本棚から適当に取っただけで碌に読んではいない。
「いえ、難しくてよくわかりませんでした」
「ふん。わかりもしないのに本を開いていたのか」
嫌味な言い方だ。
「遠藤くんには関係ないでしょう? それだけですか? 私、もう帰りますから……」
「待ちたまえ! 仕方がないから僕が特別に内容を解説してやろう!」
遠藤くんはわざわざ空き教室をとり、机を向かい合わせて私に座るように命令してきた。
そして、本の冒頭から細かく数学の理論を説明し始める。
間近で見るとますますイケメンだ。
サラサラの黒髪に細いフレームのメガネ。
その奥に見える切れ長の涼し気な目。
かっこいいなぁ。
やっぱり好きかも……。
なんとか振り向かせることはできないかな。
私は彼の美しい顔をうっとりと眺めた。
……待てよ。どうして、自分の勉強を切り上げてまで、本の内容を教えてくれるんだ?
もしかして、本当は私に気があるのではないだろうか。
自分の仮説をたしかめるために、私は胸元のボタンを一つ外し、「暑いなぁ」と言いながらワイシャツの首元をパタパタと動かした。
「だけど、フェルマーは証明を書かなかったから……って、おい。話を聞いているのか。恋塚」
「ごめんなさい。暑くって。続けていいよ? 聞いてるから」
「だ、だから、フェルマーは余白が少ないから証明は書ききれないと、言っていてだな、それがのちに、その、なんだ、物議を……」
「うんうん。それは大変ね~」
遠藤くんは次第に解説がしどろもどろになり始め、私の胸元を凝視するようになった。
顔もかなり赤くなってきている。
やっぱり。
本当は私に興味があったんだ。
彼はプライドが高いから女性に興味がないふりをしていただけ。
だけど、そのプライドのせいで女性と付き合ったことがないから、色仕掛けにはめっぽう弱いみたいね。
ここで追い打ちをかけたい。
私は上履きを脱いで、向かいの机に座る彼の足に自分の足を絡めた。
「……ッ! そ、それで、結局証明がわからないから、数学者たちは、その、困ってしまって……」
「うんうん」
「でも、フェルマーは、すごい数学者、だったから、無視も、できなくて……」
「ほうほう」
足をふくらはぎ→ひざ→ふともも→股へと移動させる。
足の裏で股をこすってあげる。
「はうっ。そ、それで、ふぇ、フェルマーは証明、書かなくて……」
「それもうさっき聞いたよ?」
足の裏でコスコスと股をこする。
えいっ。踏みつけてやれ。えいっ。えいっ。
「ああ、すごい……はうっ……」
「そうだねぇ、フェルマーすごいねぇ」
あまりいじめてもしょうがないので、股をこするのをやめてあげた。
「もうこんな時間、遠藤くん、私もう帰るね」
「え、は? か、帰るのか? もうちょっとだけ……」
「だって、つまんないんだもん。続きは自分でしてね?」
そう言って、教室を出る。
遠藤くんは机にうずくまったまま動くこともせず、私が帰るのを見送った。