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「あははは。彼氏を奪うのなんて簡単だなぁ」
私は家に帰って笑い転げていた。
『見てましたよ。楽しそうでしたね』
『ああ、キュー。見てたの? 面白かったでしょう。あの宇海さんの顔。怒っていいのか泣いていいのか、わからなくなってたよ。あははは』
私の恋路を邪魔し続けた女が、あんなに悔しい顔をして喚き散らしていた。
ずっと好きでアプローチをしていた男子が、あっさり私のものとなった。
これが笑わずにいられようか。
『あ~面白い。あんたの申し出を受けてよかったよ。最高にすっきりした』
『それはよかったです。でも、あの矢沢とかいう男の子には、まだ恋の矢を刺してないですからね? 条件クリアにはなりませんよ?』
『わかってる。でも、いつでもできるじゃない。それに刺したら一年間、恋の奴隷になっちゃうんでしょう? 面倒くさいわよ』
『ですね。まあ、気が向いたときでいいですよ。こっちは急いでないですし』
恋の矢を刺せば、相手を一年間恋の奴隷にできる。
一年ずっと付きまとわれるのは、さすがに鬱陶しい。
だから、「なんでも願いを叶えてくれる」というキューの力を使いたいときに、条件である恋の矢を刺せばいい。
焦る必要はない。
「明日も楽しみだなぁ。次はやっぱりあの人かな……」
私はさっそく次のターゲットを定めた。
◇ ◇ ◇
次の日、私の足は図書館へと向かっている。
ここには、私のことを振った二人目の男子がいる。
遠藤徹。学年一の秀才かつイケメンだ。
「遠藤くんは図書館だよね~」
彼はこの学校で一番モテる。
頭が良すぎてイエール大学から籍を置くように打診があるほどだ。
彼の提出した物理学の論文は世界中の人たちに衝撃を与え、その頭脳を世界が欲している。
みんなが彼の遺伝子を欲しがっている。
優秀な子孫を残したいと考えるのは動物としての本能なのだとか。
私もご多分に漏れず彼にアプローチしたことがある。
「自分よりバカな人と付き合いたくない」と言われ、あえなく撃沈したが。
彼は女性や恋愛に興味がない。
曰く、「愛などという感情は単なる脳の勘違いだ」という持論をもっているらしい。
ずいぶんと達観したご意見をお持ちなようだ。
いたいた。
また図書館で勉強している。
眼鏡をかけた爽やかイケメンの遠藤くんだ。
私は彼の前の席に座って適当に本を開く。
そして、前髪を捻ってフェロモンを全開にした。
くくく。
さあさあ、話しかけてきなさい。
私は髪の毛を揺らしてフェロモンを飛ばし、足を組み替えて誘惑した。
だが、一向に話しかけてこない。
『ちょっと。どうゆうことなのよ。キュー』
『僕にもわからないです』
彼はこちらを一瞥することもなく熱心に勉強し続けている。
『ひょっとすると、女の子には興味がないのかもしれませんね……』
なるほど、彼が過去に女性と付き合ったという話は聞かない。
「自分よりバカな人と付き合いたくない」などと言っていたが、そもそも女性に興味がないだけだったのか。
しかし、これは厄介だ。
これでは自分に惚れさせて恋の矢を刺すことができない。