地下牢
その晩、僕たちにはひとりひとり個室が与えられた。なんて広い城なのだろう。
夕食は見たこともない料理が並んでいたが、野菜などの食材は日本とあまり変わりないようだった。
ふと窓の外を見ると、空には月が二つ浮かんでいた。
「やっぱり異世界なんだ・・・」
そんな時だった。
コンコン・・・。
ノックする音が聞こえてきた。
「はい、開いてます」
すると、意外な人物が入ってきた。
「五十嵐、ちょっといいか?」
それは須藤くんだった。
「えと、何?」
「大変なんだ!ちょっとついてきてくれ!」
なんだろうか?
「わかった」
須藤くんの慌てる様子にただ事じゃない気配がしたためついていくことにした。
しかし、僕はこの時の行動を後に深く後悔することになるのだった。
僕が連れて来られたのは、少し離れた個室だった。中は僕の部屋とほとんど一緒だった。つまり、生徒に提供された客室だ。
中に入ると、須藤くんは何かを僕に渡してきた。
「ちょっとこれ持ってな」
「え?」
次の瞬間、いきなり須藤くんが叫び声を上げた。
「うわーっ!!!五十嵐っ!?お前何やってんだ!!誰か来てくれー!!」
僕は何が何やら全く分からず、取り敢えず渡されたものを見る。
・・・それは血のついた果物ナイフだった。
「何事だ!!」
そこへ城の兵士が駆けつけてきた。
「え?え?」
僕はパニックになってナイフをもったまま立ち尽くた。
「きゃーっ!!人殺し!!」
やって来ていた女子生徒が叫んだ。
え?人殺し?
部屋の中をよく見るとクラスメイトの古川さんが胸から血を流して倒れていた。しかも半裸の状態で・・・。
「五十嵐・・・お前なんてことを」
「ちがっ!僕じゃない!」
「ええい!黙れ!ひとまず貴様を連行する!」
僕は兵士に捕まり連れて行かれた。
無実の罪で・・・。
そして、先程の王座の間に連れてこられた。
「何事だ?」
「はっ!先程、勇者パーティの一人が死体で発見され、その犯人を連れて参りました」
「なんだと?それはまことか!」
「違っ、むぐ・・・」
「黙れ!貴様に喋る権利などない!」
兵士が僕の口を塞ぐ。
「ふむ・・・普通なら殺人の罪は死罪だが・・・」
え?死罪?
裁判もなしにいきなり有罪ですか。
異議あり!僕に弁護の機会をください!
「しかし、貴様は異世界からの召喚者。よって、禁錮の刑に処する。この者を牢に放り込んでおきなさい」
「かしこまりました!」
そして、僕はしてもいない殺人の罪を着せられ地下牢に閉じ込められてしまった。
一方その頃・・・。
「上手く行ったな」
「ああ。でもお前、まさか殺すことないだろ」
部屋の中で須藤と中村が話していた。
「あれは古川がいきなりナイフなんか向けてくるから・・・正当防衛だよ」
「は?レイプしようとしてたくせに正当防衛のわけねぇだろ」
「けど、大丈夫かな。俺がやったってバレないよな?」
「まぁ、一応指紋は全部消したし。ナイフには古川と五十嵐の指紋しか残してないから大丈夫だろ。ま、この世界に指紋鑑定なんてあればの話だけどな」
「はは、たしかに」
そう言って笑う二人なのだった。
あれから何日経っただろうか。そして今が昼か夜かさえもわからない。
何しろ地下牢なのだから。
「僕がいったい何をしたっていうんだ・・・。許せない。僕を嵌めたあの二人も、僕の話も聞かないこの国の人間も・・・」
取り敢えず毎日食事だけは提供される。
質素なスープや硬いパンなどだけだけど。
「どうにかして逃げる方法はないだろうか・・・。一生こんな牢屋暮らしなんて・・・」
しかし、最弱な僕の職業では成すすべもない。
しかし、数日経ったある日のこと。そのチャンスは巡ってきた。
牢屋の見張りの兵士が座ったまま居眠りをしていたのだ。
鍵を腰にぶら下げたまま。
牢屋から1メートルほど離れたところに兵士はいた。
僕は頑張って手を伸ばした。
しかし、あと少しのところで届かなかった。
そこへ、一匹のネズミが視界に入った。
(これは・・・。いけるかもしれない。一か八かやってみよう!スキル、あやつる!)
僕は必死にネズミに念を送った。
すると、ネズミは僕の意のままに動いてくれたのだ。
(よし、そのまま・・・。鍵を咥えて・・・)
そしてそれは見事成功した。
ネズミに持ってこさせた鍵を使い、牢屋を出ることができた。
運良く真夜中だったようで、城の中には人が全然いなかった。
そして、外に出ると見張りの兵士はいたが何とか切り抜けることができた。
まぁ、彼らは侵入者を警戒しているのであって、まさか中から脱出する人がいるとは思わなかったのだろう。
近くにいたらまたすぐに捕まってしまうため、急ぎこの街から離れることにした。
しばらく走って、僕は森の中に入っていた。
取り敢えず、座り込みしばらく休むことにした。
「これからどうしよう・・・。僕のステータスじゃ・・あれ?」
ふとステータスプレートを見るとある変化に気付いた。
レベルが2に上がっていた。
「さっきスキルを使ったせいかな?」
しかもスキルも増えていた。
スキル あやつる 眷属召喚
と書いてある。
「眷属召喚っていったい・・・」
眷属など作った覚えはない。そのうち眷属の作り方とかわかるのかな?
ひとまず少し体力が回復したため、先を急ぐことにした。
少しでもあの街から離れなければ。
しばらく歩いていた時のことだった。
突然茂みから何かが飛び出してきた。
「うわっ!なんだこれ!?」
それはまるで狼のような生き物だった。
「どうしよう、あっそうだ!あやつる!」
僕はネズミにやったようにスキルを発動した。
しかし、何も起こらなかった。
「えっ!?どうして・・・っ!まさか、こいつが王様が言ってた魔物とかいうやつか」
東の森の魔物退治という言葉が記憶に残っていた。
「くそ、魔物には効かないのか!?僕はここで死ぬのか・・・」
そして、狼が僕を目掛けて襲いかかる。
(誰でもいいから助けて!!)
そう強く念じた瞬間だった。
目の前の地面に魔法陣が現れると、中からライオンのような生き物が出てきて狼に噛み付いた。
あっという間に狼は息絶え、しばらくすると塵になって消えた。
「た、助かった・・・のか?」
このライオンまさか次は僕に襲いかからないよな?
そう思った次の瞬間、ライオンは僕のもとに歩み寄ると舌でペロペロ僕を舐める。
「いや、待てよ。この模様・・・それに額のキズ。まさかレオン!?」
「ゴロニャー」
大きさは全く変わってしまったがそれは飼い猫のレオンだった。
「これが眷属召喚・・・。取り敢えず助かったよ、レオン。あ、そうだ。ステータスプレート」
もう一度確認してみることにした。
「やっぱり上がってる」
しかもレベル10になっていた。
「敵を倒すとレベルがたくさん上がるのかな?よし、レオン。これからよろしくな」
「ニャー」
レオンはまるで僕の言うことがわかるみたいに返事をした。
その後、何度か猪の魔物などに遭遇したがそれもレオンがあっさりと倒した。
「しかし、お腹空いたな。お前も腹減っただろ?喉も乾いたし」
「ニャー」
何しろ、魔物は倒したあと塵になって消えてしまうため食べることができない。
しばらく歩くと夜が明けて明るくなった。
そこへ念願の川へ辿り着いた。
「やった、水が飲める!」
僕とレオンはすぐさま川の水を飲む。
すると、川に魚が泳いでいるのが見えた。
「レオン、あれ捕まえられる?」
「ニャー・・・」
しかし、レオンは川の中にまでは入らない。
「あ、そうか。ごめん、川が怖いのか・・・」
そういえば、レオンは川に流されていたところを保護したんだった。
恐らく川がトラウマなのだろう。
「よし、ちょっと待ってろよ」
僕は木の枝を石で削り、蔓を使って釣り竿を完成させた。
なんとかミミズを見つけることに成功し、魚を釣ることができた。
「でも、レオン。もう少し小さくなれないのか?その身体じゃ量が全然足りないだろ」
すると次の瞬間、レオンの身体が元の猫に戻った。
「なれるんかいっ」
「ニャー♪」
そして、ようやく食事にありつけたのだった。
大変だったのは火起こしだった。
ライターなどもちろん持っていないため、木の枝と蔓で弓を作り、それで枝を擦り何とか火を起こせた。
満腹になり、取り敢えずステータスプレートを確認する。
「マジか!?」
それは驚愕の内容だった。
レベル30
職業 魔獣つかい
HP 1560
MP 430
力 890
魔力 630
スキル あやつる 眷属召喚 とらえる 鑑定
なんと職業が魔獣つかいになっていたのだ。
「とらえるって何だろう。鑑定は何となくわかるけど。よし、試しに・・・。鑑定!」
取り敢えずレオンを見た。するとレオンの情報が頭に入ってくる。
名前 レオン
レベル 53
種族 ライガー
HP 4560
MP 0
力 3210
魔力 0
スキル 威嚇 咆哮
「レオン、俺よりレベル高いのかよ!」
「ゴロニャー」
この世界じゃライガーって品種なのか。
(このスキルはどういう効果なのだろう・・・)
そう思い浮かべると、頭の中に情報が入ってきた。
威嚇・・・自分よりレベルの低い魔物を追い払う
咆哮・・・10秒間敵を動けなくする
「なるほど。便利なスキルだな」
その後も何度か魔物と戦闘になったが、レオンは好戦的な性格なのかあっという間に倒していく。
そして、最初に出逢った狼の魔物に遭遇した時だった。
「待て!」
取り敢えずレオンにそう命令すると狼に攻撃しようとしていたレオンがぴたりと止まる。
「よしよし・・・。ちょっと試してみなきゃな。ーーとらえる!」
すると、魔法陣が現れると狼が消えた。
「え?どうなってるんだ?」
すると、スキルの情報が頭に入ってきた。
とらえる・・・どんなレベルの魔物でも一時的に封印する。敵に向かって『放つ』ことによってとらえた魔物が敵を一度だけ攻撃する。その後その魔物は力尽きる。
なるほど。ちなみに、『あやつる』は自分よりレベルの低いものにしか効かないようだ。
その後、別の魔物に遭遇した際狼を放ってみた。
すると、敵を倒した後に狼も力尽き、やがて塵になった。
「これは便利かもしれない。これで事実上単独の魔物ならどんな魔物にも負けることはないってことだからな」
そして、僕たちはようやく森を抜けることができた。
そのまま進むと街が見えてきた。
「このままじゃ街には入れないな・・・レオン」
「ニャー」
レオンは猫の姿になる。
そのまま僕たちは久々の人里に入ったのだった。