呪いの首輪
「あらロイド、この書類のここ、間違ってるわよ」
「あ、本当だ。……いつもすまないね、ユリア」
「ふふ、いいのよ。好きで手伝ってるだけだもの。これで全部よね?」
「ああ、助かったよ、ありがとう」
「どういたしまして」
ユリアは可憐に微笑むと、趣味の編み物を再開した。
容姿端麗、文武両道、その上由緒あるグランヴェル伯爵家の跡取りであるユリアは、僕の自慢の婚約者だ。
今日もこうして自ら進んで僕の書類仕事を手伝ってくれている。
親同士が決めた婚約とはいえ、しがない男爵家であるカーライル家次男の僕には、本当に勿体ないくらいの相手だといつも思う。
だが、全てにおいて僕よりも優秀なユリアの横にいると、心を真綿でじりじりと絞められるような息苦しさを感じてしまうのも、また事実だった。
「……はぁ」
その夜、僕は気晴らしに当てもなく一人で街を彷徨っていた。
そうこうしているうちにいつの間にか裏路地に入ってしまったようで、そこは表通りの華やかな街並みに反して、全体的に景色がくすんでいるような気がした。
……まるでユリアと僕みたいだな。
そんな益体も無いことを考えながら裏路地を進むと――。
「ん?」
一軒の小さな酒場が目に入った。
ただの安っぽい酒場にしか見えなかったが、何故か僕にはその酒場だけがキラキラと輝いて見えた。
店内から聞こえてくるガヤガヤとした明るい喧騒のせいもあったかもしれない。
僕は誘蛾灯に誘われる蛾のように、ふらりと酒場に吸い込まれていった。
「いらっしゃいませ! お一人様ですか?」
「――!」
そこで僕を出迎えてくれたのは、僕と同じくらいの歳と思われる女性給仕だった。
くせっ毛の赤髪とそばかすがとても愛嬌がある。
「あ、うん、一人で」
「ではお好きなテーブルにどうぞ」
彼女はニコッとヒマワリみたいな笑顔を向けてくれた。
それが営業スマイルだというのは百も承知だが、それだけで凝り固まった心が少しだけほぐれた気がする。
我ながら単純なものだ。
「ご注文はお決まりですか?」
窓際の席に着いてぼんやりとメニューを眺めていた僕に、彼女が注文を取りにきた。
「そうだなぁ、グラスの赤ワインと……、あと、何かつまみでオススメはないかな?」
「それでしたら、ビンチョウマグロのマリネサラダがオススメですよ! 今の時期は特に脂が乗ってて絶品です!」
「へえ、じゃあそれを一つもらおうかな」
「承知いたしました! 少々お待ちくださいませ」
彼女は軽く頭を下げると、回れ右をして颯爽とキッチンの方に歩いていった。
何だか太陽みたいに朗らかな娘だ。
夜空に凛と浮かぶ月を彷彿とさせるユリアとは対照的だな。
「お待たせいたしました。こちらが当店オススメの、ビンチョウマグロのマリネサラダでございます」
「おお、これは確かに美味しそうだね」
レタスが中心のサラダの上に、マリネされた肉厚なビンチョウマグロの切り身がふんだんに盛り付けられている。
その内の一切れをフォークでサラダと共に刺し、口の中に運んで咀嚼すると、じゅわっと酸味のあるエキスが溢れ出てきた。
こ、これは――!
「うん、これは美味いッ!」
「でしょでしょう! 初めてうちの店に来てくれたお客様にはいつもこれをオススメするんですけど、みなさん一瞬でこの味のファンになっちゃうんです」
「うん、よくわかるよ」
赤ワインとの相性も抜群だしね。
食材的には決して高いものではないのだろうが、シェフの腕が余程いいのだろう。
ひょっとしたら、この店の明るい雰囲気も隠し味になっているのかもしれない。
――正確に言うと、この彼女が醸し出している空気が店全体を照らしているのかも。
まさしく看板娘ってやつなのだろうな。
「――ところでお客様って、もしかして貴族様だったりします?」
え?
「あ、ああ、まあ、一応ね。よくわかったね」
「わあ、やっぱりー! そりゃわかりますよー! 身なりもご立派ですし、私達庶民とは溢れ出てるオーラが違って気品がありますもん!」
「そ、そうかなぁ?」
普段はユリアの横にいるせいもあって、僕自身は気品があるなんて褒められたことはほとんどない。
これも彼女なりのリップサービスの一環なのかもしれないが、正直に言って悪い気はしなかった。
この夜僕は、久しぶりに心の底から酒と料理を楽しむことが出来た。
「あ、カーライル様! また来てくださったんですね!」
「あ、うん、ちょっと近くまで寄ったものだから」
あれ以来僕は、合間を見つけてはこの酒場に足繫く通っていた。
「またいつものでよろしかったですか?」
「ああ、それで」
そして半ば特等席となった窓際の席に座り、赤のグラスワインとビンチョウマグロのマリネサラダを注文する。
それが済むと、料理が運ばれてくるまでの間、彼女が店内を舞うように行き来する様をぼんやりと眺める。
この時間が何よりの幸せだった。
――彼女の名前はミランダ・コリンズといった。
田舎からこの街に上京して来て一人暮らしをしているらしい。
僕の予想通りミランダはこの店の看板娘で、明らかにミランダ目当てで来ていると思われる男性客が何人もいた。
「あ、そうだ、カーライル様」
「ん? な、何だい?」
料理も一通り平らげて一息ついていると、ミランダに声を掛けられた。
思わず声が弾んでしまう。
「実は知り合いからお芝居のチケットを二枚いただいたんですけど、よかったらこれ、もらっていただけませんか?」
「え?」
そう言うなりミランダはポケットから二枚のチケットを取り出し、僕のテーブルの上に置いた。
「私は一緒に行く人はいませんし、婚約者様とお二人で楽しんでらしてください」
「――!」
何故僕に婚約者がいることをミランダが知っているんだ!?
ミランダの前ではユリアの話は一度もしたことはないのに……。
いや、一応僕も貴族の端くれである以上、婚約者がいてもおかしくないと思われていたのかもしれない。
「……ぼ、僕に婚約者はいないよ」
「え! そうなんですか! ああ、すいません私ったら! 失礼なことを……」
「いやいや、気にしないでよ。……き、君さえよければ、その芝居、二人で観に行かないかい?」
「っ! い、いいんですか私なんかで!」
「あ、うん、僕なんかが一緒でもよかったらだけど」
「もちろんです! 身に余る光栄です! ああ、凄く楽しみッ! 何着てこうかしら!」
婚約者はいないと噓を吐いたばかりか、あろうことか他の女性を思わずデートに誘ってしまったことに対してそこはかとない罪悪感がもたれかかってきたが、少女みたいにはしゃぐミランダを見ていたら、罪悪感も段々と霧散していった。
「ロイド、あなた最近何か良いことでもあった?」
「――!!」
ミランダとのデートの前日。
いつものように編み物をしていたユリアが、目線は編み物に向けたまま、そんなことを訊いてきた。
「い、いや、別に……? 特に何もないけど……?」
「そう。最近書類整理をしてる最中に鼻歌を歌ってたり、やたら鏡の前で髪型を整えてたりしたから、てっきり彼女でも出来たのかと思って」
「――!!!」
ぼ、僕鼻歌なんか歌ってた!?
完全に無自覚だった……。
「ハハハ……、冗談はよしてくれよ。僕には君っていう最高の婚約者がいるんだからさ。浮気なんかする訳ないじゃないか」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」
ユリアは陶器のような肌を緩ませて、妖艶に微笑んだ。
大丈夫……、これは浮気じゃない。
ただほんのちょっとだけ他の女の子と二人で遊びに行くだけなんだ。
軽い気晴らしなんだ。
僕は何度もそう、自分に言い聞かせた。
「カーライル様! 今日は誘っていただいて本当にありがとうございました! とっても楽しかったです!」
「いやいや、こちらこそだよ」
ミランダとのデートはまさに至福の時間だった。
ミランダは芝居の最中も、役者の演技一挙手一投足にハッとしたり涙ぐんだりと、とにかくコロコロと表情がよく変わった。
この辺りも常に表情の読めないユリアとは真逆で、僕にとっては新鮮だった。
芝居を観た後はバーで酒を飲みながら芝居の感想を言い合い、気が付けばすっかり日も落ちていた。
ミランダと二人で歩く夜道は風が肌寒いものの、アルコールと高揚感が相まってまったく苦には感じない。
出来ればもっとこの時間が続けばいいのに……。
「あーあ、もっとこの時間が続けばいいのになー」
「――!」
ま、まさか、ミランダも同じことを考えていてくれたとは……!
「そ、そうだね……。僕も、もっと君と一緒にいたいよ」
「ホントですか! ……じゃあ、今から私の家で飲み直します?」
「――!!」
ミランダは頬をほんのりと赤く染めながら、上目遣いで僕を見てきた。
こ、これは……!
「あ、うん。――では、少しだけお邪魔しようかな」
「どうぞどうぞ! 狭い家ですけど!」
――この夜、僕はミランダとベッドの上で結ばれた。
それからというもの、僕はどんどんとミランダに溺れていった。
最低でも週に一度は彼女の家に泊まり、朝まで抱き合った。
寝ても覚めてもミランダのことばかり考えるようになり、いつしか心の大半をミランダが占めるようになっていた。
「あ、見てロイド! あのピアス可愛い!」
「ハハッ、ミランダは本当にキラキラしたものが好きだね」
今日はミランダと二人でウィンドウショッピングだ。
僕の腕に猫みたいに抱きついているミランダが、心から愛おしい。
「――あら、ロイド、そちらの女性はどなた?」
「――!!!」
その時だった。
僕の耳に、長年聞き慣れたとある女性の声が入ってきた。
「……ユ、ユリア」
ユリアは、いつも通り何を考えているのかまったく読めない人形のような表情で、僕とミランダを見据えている。
な、何故ここにユリアが……。
今日は仲の良い令嬢達とお茶会だと言っていたのに……。
「たまたま主催者の娘が直前で都合が悪くなってしまって、お茶会はキャンセルになってしまったのよ」
「っ! そ、そうなんだ……」
余程僕の疑問が顔に出ていたのか、訊いてもいないのにユリアは答えてくれた。
ど、どうする……!
マズいマズいマズいマズいマズいマズい……!!
どうすればいい……!?
何と言えばこの状況を誤魔化せる……!?
「はじめまして。グランヴェル伯爵家の跡取りの、ユリア様でらっしゃいますね。わたくしはミランダ・コリンズと申します。ロイド様とお付き合いさせていただいております」
「――!!!!」
ミ、ミランダ!!?
何故君がユリアのことを知っているんだ!!?
僕は君の前で、ユリアの話どころか、婚約者がいる素振りさえ見せなかったはずなのに……!
し、しかも、ユリアの前で堂々と付き合っているなどと……!
いったいどういうつもりなんだ君は!?
「なるほど、ロイドのお相手はあなただったのね。ふふふ、可愛らしいお嬢さんじゃない」
なっ!!?
そ、その口振りは……、まさかユリアは僕が浮気していることに気付いていたとでもいうのか……!?
「あなたみたいな本物の美人にそう言われても嫌味にしか聞こえませんけど、まあいいです。ロイドが本当に愛してくれているのは私ですから」
ミランダ!!?
「ふふ、と、このお嬢さんは仰ってるけど、そうなのロイド?」
「あ、いや、その……」
「ね! そうよねロイド! 愛してるのは私だけだって、何度もベッドの上で言ってくれたわよね!?」
「ミ、ミランダ!!?」
どうしてそんな火に油を注ぐようなことを!?
「ふうん、まあ、どちらでも私は構わないのだけれどね」
……え?
ユリア?
「こうなってしまった以上、もう私達の婚約は終わりでしょう?」
「――!!」
そ、そんな!?
ユリアッ!!
「まあッ! じゃあ晴れて私達、大手を振って結婚出来るのね、ロイド!」
「っ!!」
人目も憚らず抱きついてくるミランダに、僕は困惑を隠し切れなかった。
「ふふ、どうぞお幸せに。――それじゃあね、ロイド」
「ユ、ユリア――!!」
何の未練もなさそうに優雅に背を向けると、ユリアは僕達の前から去っていった。
……ユリア。
「もう、どうしたのロイド! そんな情けない顔して!」
「あ、いや、その……」
あまりの出来事に、まだ頭が追い付いていない。
むしろ何でミランダはそんな平然としてられるんだ……!?
「しょうがないわね。――今日はもう買い物は切り上げて、私の家でまったりしましょ?」
「――!」
ミランダは媚薬のような艶っぽい瞳で、僕を見上げてきた。
その瞳に見つめられているだけで、ざわざわした心が静まっていく気がした。
――その夜僕は、無我夢中でミランダを抱いた。
それが単なる現実逃避だということは何となくわかってはいたが、それでも現実に向き合う勇気は、僕にはどうしても持てなかった。
「じゃあねロイド。また夜に会いましょ」
「ああ」
そして翌日、仕事に行くというミランダと別れた僕は、重い足取りでカーライル家の屋敷へと向かった。
きっともうユリアとの婚約が破棄されたことは親にも伝わっていることだろう。
酷い叱責が待っているかもしれないが、身から出た錆、致し方ない。
……いや、そもそも僕はそんなに悪いことをしたのだろうか?
僕はミランダのことを心から愛している。
そしてミランダも僕のことを愛してくれている。
確かに不貞かもしれないが、人を好きになる気持ち自体に罪はないのだから、祝福こそされ、咎められる謂れはないのではないだろうか?
……うん、そうだ、そうに違いない。
そう考えたら、俄然勇気が湧いてきた。
この際だ、父上にも僕のミランダに対する愛の深さを知っていただこう。
――僕は意気揚々と、慣れ親しんだ我が家の門を開いた。
「こぉんの、大バカ者がああああああああッ!!!」
「ぼへっ!!?」
が、そんな僕のことを待っていたのは、父上渾身の鉄拳だった。
普段は温厚な父上が、ここまで激高するところは初めて見た――。
父上の後ろでは、母上と兄上が、沈痛な面持ちで僕のことを見つめている。
「ち、父上!? 話を聞いてください! これには深い訳があるのです!!」
「黙れこの一族の恥さらしがッ!! その汚い口を今すぐ閉じろッ!!」
「ぶへっ!!?」
またしても思い切り殴られた。
「我がカーライル家が、今までどれだけグランヴェル伯爵家に世話になってきたのか、貴様にはわかるのかッ!!」
「――!!」
父上に胸ぐらを掴まれ、マグマのように燃えたぎる瞳で睨まれる。
「それを貴様は……。まさかお前がここまでバカだとは思わなかった……」
「ち、父上……」
途端、父上はその目に涙を浮かべながら、僕からそっと手を離した。
「……出て行け」
「――!!」
父上は僕に背を向けると、ボソッとそう呟いた。
「ち、父上!! 僕は――」
「貴様にもう私を父と呼ぶ資格はない!」
「――!!!」
父上……!
「今この瞬間から、貴様とは親子の縁を切る。――もう貴様と私は赤の他人だ。二度とこの屋敷の門はくぐるな」
「……父上」
そんな……。
嗚呼、父上そんな……。
「何をグズグズしておるのだこのクズがッ!! さっさと出て行かんかッ!!」
「がへっ!!?」
振り向き様に父上の蹴りが、僕の顔面にめり込んだ。
母上は両手で顔を抑えて泣いていた。
兄上はそんな母上の肩を、ただ無言で抱いていた。
「あぁ……」
それからのことはよく覚えていない。
裸一貫でカーライル家から追い出された僕は、死人のようにフラフラと何も考えず街を彷徨っていたのだろう。
気が付けば辺りはすっかり暗くなっており、僕はいつの間にかミランダが働く酒場の前に佇んでいた。
……そうだ。
僕にはまだミランダがいる。
家族も貴族としての地位も失ってしまったけれど、僕にはまだ最愛の人が残っている。
むしろ本当の意味で、僕は自由になったんだ。
これで誰にも咎められずミランダと一緒になれる。
慎ましくも温かく幸せな家庭が築けるんだ。
そう考えれば、あながち悪いことでもないのかもしれない。
「――あ、ロイド!」
「――!」
その時、ちょうど仕事から上がったミランダが、満面の笑みで僕のところに駆けてきた。
嗚呼、ミランダ。
僕のミランダ。
やはり君は僕の女神だ。
君のその笑顔があるだけで、僕は生きていけるよ――。
「あら? どうしたのロイドその顔、酷い怪我じゃない!」
「あ、ああ、これは……、実は……」
僕はたどたどしくも、親から勘当されてしまったことを説明した。
すると――。
「――は?」
「え?」
途端にミランダの表情が、氷みたいに冷たくなった気がした。
ミ、ミランダ……?
「じゃあ何? あなたはもう貴族じゃなくなったってこと?」
「あ、うん、そ、そうだけど……。でも、これで気兼ねなく君と――」
「いやいや、ないわー」
「――!!」
ミランダ!?!?
「あのねー、私は別にあなたのことが好きだった訳じゃないのよ?」
「――!!!」
そ、そんなッ!?!?
「あくまであなたの『貴族』という肩書きが好きだったの。貴族でなくなったあなたなんて、ただの性欲しか取り柄のない甲斐性なしじゃない」
「……ミランダ」
君は、僕のことをそんな風に……。
「と、いう訳だから、私達これで終わりにしましょ? もう二度と酒場には来ないでね。じゃっ」
「ミ、ミランダッ!」
ミランダは僕の方も見ずに軽く手を振ると、そのままスタスタと帰っていった。
あ、ああ、そんな……、そんなぁ……。
「ああああ……あああああああ……」
あんまりな仕打ちに、僕は人目も憚らず手を突いて嗚咽した。
何でこんなことに……。
僕が……、僕が何をしたっていうんだ……。
「――ロイド」
「――!!」
その時だった。
僕の耳に、長年聞き慣れたとある女性の声が入ってきた。
「……ユ、ユリア」
そこにはユリアが柔和な笑みを浮かべて立っていた。
その神々しさたるや、まるで聖女のようだった。
「何で、君がここに……」
「ふふ、やっと今日出来上がったの。――あなたのために一生懸命編んだから、是非もらってほしくて」
「――!」
ふわりとした柔らかな感覚が僕の首元を包んだ。
見れば、それは一本のマフラーだった。
ユリア――!
ここ最近ずっと君が編んでいたのは、これだったのか――!
「うん、よかった、よく似合ってるわ」
「ユリア……」
嗚呼……、ユリア。
ユリアユリアユリアユリアユリア――!!
「……ご、ごめんよユリア。……僕がバカだったよ。やっぱり僕には君しかいない。どうか……、どうかもう一度だけ、僕とやり直してくれないか……」
そして今度こそ、僕は君と真実の愛を――。
「ふふ、イ・ヤ」
「――!!」
――が、そんな僕の耳に降ってきたのは、およそ信じ難い一言だった。
ユリア!?!?
「あなたはまだ自分の立場がわかってないのね。――あなたは私の心を、理不尽に深く傷付けたのよ? それなのに許してもらおうなんて、虫がよすぎると思わない?」
「そんな……、じゃあ、何でわざわざマフラーを……」
今までもユリアが何を考えているのかわからないことは多かったが、今のユリアはそのどれとも異質で、とても僕の知っているユリアとは思えなかった。
「――それはね、私からあなたへ贈る、呪いの首輪よ」
「の、呪いの首輪……!?」
いったいユリアは何を言っているんだ……!?
「これからの夜は特に冷えるわ。今後は住む場所にも困るあなたは、そのマフラーがさぞかし手放せなくなるでしょうね」
「……」
「そしてそのマフラーを見るたびに、あなたは私のことを思い出すの。あなたが私の心に深い傷を付けたように、私もあなたの心に一生消えない呪いをかけたのよ」
「――!!」
ユリア――!
「……さようなら、私の愛した人」
「ユ、ユリア! ユリアアアアアアアアア!!!」
ユリアは一度も振り返らずに、夜の闇の中に消えていった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ」
後には僕の慟哭だけが残された。
だが、僕のその声が、誰かの心に届くことはなかった。
空には月が女王の如く、無言で佇んでいた。