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ホラー小説集

女子高生は時を駆けたくない

作者: 大浜 英彰

 なんばパークスのシネコンで映画を2本続けて鑑賞した私は、すっかりクタクタになってしまったんだ。

 父から貰った株主優待券を有効活用するためとはいえ、自分の好きなジャンルとは畑違いの映画を1人で見るのは、神経を結構使うからね。

 お陰で、帰宅のために乗り込んだ羽倉崎行き各停電車の中では、揺れる車体の心地良さから、思わず夢見心地で船を漕いじゃっていたの。

 私が乗るのは各停だから、何駅か乗り過ごしても取り返しがつく。

 それに今日は金曜日だし、終電までにはまだまだ時間がある。

 そんな油断もあって、私の意識は眠りへと誘われていったんだ。


「ねえ、貴女…もう羽衣駅よ!降りなくて良いの?」

「うっ、ああっ…」

 隣席にかけていたOL風のお姉さんに肩を揺り動かされ、ようやく私は目を覚ました。

「大丈夫?私、ここで乗り換えるけど…」

「いえ…、平気です!私もここで降りる予定でしたから。」

 降りる駅を寝過ごしたのではないかと案じてくれるお姉さんを、いつまでも心配させる訳にはいけない。

 眠気覚ましも兼ねた大袈裟に首を振るアクションを伴い、私は親切な同乗者に自分の意志を伝えた。

「そう、それは良かった。それに貴女、『諏訪女(すわじょ)』の生徒さんみたいだから、この辺りの土地勘も大丈夫そうよね。」

 私が高等部2年生として在籍している私立諏訪ノ森女学園は、この羽衣駅から2駅先の諏訪ノ森駅が最寄りの、南近畿地方でも屈指の御嬢様学校だ。

 制服を着ている以上、私がどこの生徒かは近隣住民には一目瞭然だろうね。

「青いチェックのスカートと揃いのセーラーカラー、可愛いよね!私もその制服に憧れて諏訪女を受けたんだけど、滑っちゃったのよね…」

「えっ…?」

 おかしい。

 このお姉さんは何を言っているのだろう。

 諏訪ノ森女学園高等部の制服が今のデザインに改められたのは、ほんの3年前の事だ。

 私が高校受験の時に諏訪女を志望校に選んだ決め手も、新制服の可愛いデザインにある位だもの。

 リニューアル前の白ラインが入った紺のセーラーカラーだと、何処の学校でも見かけるから、学校選びの決め手に欠けるんだよね。

 だけど、高校受験の失敗を自虐的に語るお姉さんの外見年齢は、贔屓目に見てもアラサーだった。

 このお姉さんが中3の時は、諏訪女の制服はリニューアル前のはずだけど?

「ああ、ゴメン!一方的に自分語りなんかしちゃって…高校受験なんて10年以上も昔の話なのに、学歴コンプなんて情けないなあ、私ったら…」

 そそくさとバツが悪そうに降車するお姉さんの背中を、私は狐に摘まれたような顔で見つめていた。

「何なんだろう、あの人。まあ、いいや…」

 我に帰った私は改札口まで歩みを進め、パスケースの中から定期券を抜き出したんだ。

 クラスの友達がスマホで改札を潜るのを尻目に、未だに私は磁気カード式の定期券を使っている。

 それは、この定期が父から貰った株主優待定期だからだ。

 株主優待特典として、沿線内なら何処まで乗っても追加運賃は取られないの。

 定期の記名欄には「沢野真智夫(さわのまちお)様」という女子高生らしからぬ名前が入っているけど、これは私の父の名前なんだ。

 本人以外も使えるから、私みたいに電車をよく使う家族に貸し与える株主も多いんだよ。

「あれ…?」

 ところが今日はどうした事か、自動改札機の投入口に入れた定期券が戻って来ちゃうんだ。

 しかも、「この定期券は使用出来ません。」って電子音声付きでだよ。

 期限まで、まだ優に1月半はあるはずなのに。

「駅員さん。私、この定期で改札を通れないんですよ…」

 仕方がないので、見るに見かねて駆け付けた駅員のお兄さんに、定期を示したんだけど…

「貴女…この定期は13年前の物ですよ!」

 定期券を確認した駅員さんは、厳しい口調で私を一喝したの。

「そ、そんな…!」

 どうやら私は、定期券の不正使用を疑われているらしい。

 身の潔白を証明するため、私は羽衣駅の駅長室に同行した。


 何度説明しても、私と駅員さんの主張は平行線。

 カレンダーやスマホの日付を証拠にして、駅員さんは今の年月日が13年後の未来である事を主張するけど、そんな荒唐無稽な話が信じられるはずはない。

 私がタイムスリップでもしない限りは。

 私が頑として主張を曲げなかったのが心象を悪くしたのか、私の学校に連絡が行く事になってしまった。

 定期の不正使用は停学処分に該当する。

 停学は穏やかじゃないけど、先生達なら私の無実を証明してくれるはずだよ。

「はあ、そうでしたか…お時間頂き、ありがとうございます。」

 ところが、諏訪女の職員室との通話を終えた駅員さんは、何とも腑に落ちない顔をしていたの。

沢野蝶葉(さわのひらは)さんという生徒さんが在籍されていた事は、確認が取れました。しかし、その生徒さんは12年前に卒業されているんです。」

 それは正に、青天の霹靂だった。

「そんな事がある訳ないじゃないですか!沢野蝶葉は、この私なんですよ!この生徒手帳が偽造だとでも言うんですか!?」

「いえ…照会の結果、学籍番号から証明写真に至るまで、諏訪ノ森女学園さんが保管されている控えと一致しました。貴女がお持ちの生徒手帳は、紛れもない本物です。」

 生徒手帳を突き付けられた駅員さんは、事実を把握しかねているような歯切れの悪い口調で、身を乗り出している私に応対した。

「しかし、その記録は12年前に卒業された生徒さんの記録なんです。その生徒さんは現在、29歳になっているんですよ。」

「貴方、私が29歳に見えるって言うんですか?!」

 もう何が何だかサッパリ分からない。

 私は駅長室の机を叩きながら怒鳴っていた。

「いいえ。学校側が保管していた入学当時の証明写真と同年代の、高校生程度に見えます。だから私共も困り果てているのです。貴女は一体、誰なんですか?」

 その次の瞬間、私の視界がグニャグニャと歪み、私の意識は徐々にブラックアウトしていったんだ…


 おかしな夢を見ていたらしい。

 電車の中で眠っていたら、何時の間にか未来の時代に来ていたなんて。

 私が乗ろうとしていた各停電車は次々発なので、発車まで結構な余裕がある。

 しかし、そんな短い間に熟睡して夢までみてしまうとは、映画2本の連続鑑賞は、予想以上に私の精神を疲労させていたみたいだ。

「ちょっと頭をハッキリさせて来よう…」

 構内の自販機で炭酸飲料でも買い求めるべく、私は各停電車を降車した。

 平安貴族が行う「方違え」じゃないけど、このまま電車に乗る気分にはなれなかったからだ。

「嘘…!?」

 エスカレーターで中央改札へ降りた私は、案内表示を見て愕然とした。

 本来ならば「なんばパークス」と書かれているはずの部分には、私が産まれるずっと前に解体されたはずの「大阪球場」の文字が踊っていたからだ。

「今度は過去…!?もうヤだよぉ…元の時代に帰りたいよぉ…!」

 大阪球場に試合観戦へ赴く野球ファン達の怪訝そうな視線を浴びながら、私は中央改札の床に泣き崩れていた…

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― 新着の感想 ―
[一言] これは現代に帰れる気がしないでしょうね あきらめないで(๑˙❥˙๑)
[良い点] 企画より拝読しました。 電車の中でついうとうと、誰にでもあるはずの日常の一コマから時空の異界にスリップしていく展開が自然なだけにぞくぞくする怖さがありました。 この、オチが怖い…… 彼女…
[良い点] うわぁ。いきなり過去や未来に飛んだら怖いですよね! 確実に現代に帰れる保証がないかぎり、タイムスリップはごめんです。 帰れるなら必死でLOTOの番号とか株価の値動きをチェックするけど(笑)…
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