職業訓練学校
「はい、それではね、今日は職業訓練という事でね!まずオリエン始めますね。」
今回の職業訓練校入校生は五人。老若男女入り混じっている。少々ヤル気のなさそうな人もいるけれど…さて…。
「では、まず校長から挨拶です。」
「はい、皆さん初めまして、狭間管理局の所長兼任の職業訓練校校長です。ええ、皆さんは、狭間の住人たちと、人間たちを繋ぐ、重要な役目を担うべくしてこちらにやってきたと思うんですが、こちらの世界はいかがですか!!」
五人の受講生のうち一人が手をあげてるな。
「今すぐ元の世界に返してください!!」
ふうむ、仕方がない。ばーく!!僕は大きな口で手をあげた受講生を丸飲みした。
「ちょ…!!」
「キャー!!!!」
「わあ!!た、助けてくれ!!」
なんか騒いでるやつらがいるぞ。
「お静かに!!この世界から元の世界に帰るという事は、ここで命を持っていてはいけないという事なんです!!ですから、食べられるのは仕方のない事です!!」
ばたん!!ばたっ!!
なんか二人気絶したぞ…。仕方がない、こんなことで気をやってしまうようでは、とても実習なんか無理だ。…食うか。
ばーく、ばーく。
少しばかり受講生が減って空間が広くなったけど、まあいいや。
「とりあえず、今から狭間の世界のシステム説明と、あと命の守り方ですね、その映像を見ていただきます。そのあと昼食をはさんで、担当教諭との面談ですね。何か質問のある方、みえますか。」
少し顔色の悪い兄ちゃんが手をあげているぞ。
「あの、僕はこういう世界に興味があってやってきたんですけど、上を目指して例えば天下を取るようなことってできるんですよね?」
「君、天下を取りたいと思ってここに来たの?」
「ええ、一般人が持たない力を振りかざせば、無双できるでしょう?僕ね、人間大っ嫌いなんですよ…。」
ああー、そんなこと大っぴらに言うと―!
べーろんっ!
校長が顔色の悪い兄ちゃんをぺろりと飲み込んでしまった。
「人とのつながりの懸け橋になる人を求めてるのに、人間に険悪感持ってたら困っちゃいますねえ。…まさか、あなたもそういう口?」
たった一人残った女性に校長が声をかけると。
「いや、あたしは様子見て来てって頼まれただけで実は受講生じゃないんだわ…ごめん。」
なんだ、管理の手伝いの人だな。龍の爺さんの知り合いに違いない。
「という事は、今回も受講生ゼロという事ですかね。」
「参ったな…。」
まずいなあ、訓練校開校以来、一度も受講生が入校してないんだよ。
「いや、もうちょっとさあ、人間寄りにしないとだめなんだって…。」
人間寄りにして、学校をわざわざ建てたんだけどな。
「人間寄りってどういうことですか。」
「まず、この募集チラシ!!〈異世界への懸け橋となるのは貴方だ〉ってね!!今ね、異世界転生ブームなんだから、変なチート期待する人も多いんだって、異世界ワードはだめ!!普通に、狭間管理局からのお願いって書いた方がましだって!!霊能力?に反応して見えるようにするとかの工夫はいいと思うけど…。」
せっかく人間界の職業案内所に内緒で貼らせてもらってるチラシなのに、微妙にダメ出し食らった…。
「固すぎるんじゃないですか?」
「固くないから超常現象に好奇心湧いてるオカルト一口齧りっ子が来ちゃうんだよ!!ゆるそうなこと書いてるからちょっと見に行くくらいでいいよねって軽い気持ちになっちゃう!!」
むむ、この女性、なかなかに厳しい目で意見をくれるな。
「あとね、いくら向こうに強制送還するにしてもね、いきなり丸飲みはだめだって!みんな食われ慣れてないんだから!!食ったらダメ!せめて眠らせて、別室で飲み込むこと!!」
「おーい、メモしといて!!」
「了解っす。」
人は食われ慣れていないと。メモメモ。
「そもそもね!!あんたら人相手なんだから、せめて人に変化してないと。人間界にはね、自分より大きいカエルも、とぐろ巻いてへらへらしてる天井まである蛇もいないんだってば…。」
「なんと!!大きさも気にしないといけないのか。向こうには蛇もカエルもいるから大丈夫だとばかり。」
「蛇とカエルはだめという事ですね…。」
メモメモ…。
「違う違う、人間の姿形でないと面喰っちゃうから。完全変化が望ましい。角も牙も羽もヤバイ。」
「それだとずいぶん講師役のなり手が選ばれるな…。どうする、外皮仕入れてくるか?」
「どうだろう、ちょっと在庫調べてみないとわかんないっすね。」
ついこの前魂の抜けた人間を天界送りにしたばっかなんだよな。送るんじゃなかった、取っとけばよかったよ、うぐぐ…。
「…この職業訓練校自体、無理があるんじゃないのかな。今の人ってさ、昔みたいにこう、八百万とか気にしない人も多いし、人と人同士のつながりも希薄なのに…わざわざ怪しい狭間の世界の住人とつながり求めたりするのかね。」
「それは…!!人と人同士のつながりが希薄だからこそ、我々とつながりたいと願う人も多いと思ってですね?」
悩める人に手を差し伸べることで、我々に徳が積まれるというのであればだね!!
「人とつながれない人が狭間の住人だったら繋がれると?いやいや、夢見すぎでしょう。ただでさえ話通じにくいのにさあ。しかもこっちの住人って人間独特の空気を読むって感覚わかんないでしょ。厳しいと思うよ…。」
「それでは、我々はどうしたらいいんでしょうかね?」
女性が何やら考え込んでいる。…この人はなんでこう普通に僕らと話しているんだ。…人なんだよね?怪しいな。
「多分ねえ、こっちの人たちが、向こうに行った方がすんなりいくと思うよ。向こうに行って、仲良くなって一人捕まえてきて、こっちの学校に入れる、うんそれだな。まずは人間の暮らしについて知って、向こうに行ける人材をここで育てる、話はそこからだね。」
「すでに向こうで紛れているものに頼むのもいいかもしれんな。」
「じゃあ、連絡入れてみましょうか。」
ええと、向こうの世界に居住中の皆さんのリストはどこだったかな。
「ああ、確かにそれいいかも。あたしも知り合いにちょっと聞いてみるね。」
「あなたに講師になってもらうわけにはいかないんですかね。」
ああ、それがいいんじゃないの!!いろいろ詳しそうだし。
「あはは、あたしはちょっとそういうのむいてないんで!!じゃ!!」
女性は席を立ちあがると、くるりと一回転してその場から消えてしまった。
「ああー!逃げられた―!」
「まずはあの人の素性を探った方がよさそうだな。絶対に講師になってもらわねば。」
むむ、校長もよく知らない人物だというのか。ますます怪しいな。
「どうします、福でも積みますか、それとも厄災振り撒いて囲い込みますか。」
「いや、下手にいろいろ画策するとおそらく上の皆さんが出てくるから…まずは龍の爺さんや猫の姐さんに伺ってからだな。お前、絶対におかしなことするなよ、最悪存在が消えるからな。」
消える?!それは困る、僕はまだそんなにこの世界に芽生えてから…長くないんだ。
「わ、わかりました。」
まだそんなに徳をもらった経験もないし、人とかかわったこともなくて…。
「…そうだ、君まだ自我が出始めてそんなに長くないだろう、せっかくだから受講生になったらどうかね。いろいろ学べるはずだし…受講生が待っているという懇願にも使えるじゃないか!よし、決定!!」
「は、はあ…。」
僕は初の受講生になることが決まってしまったようだ。
「とりあえずわしは管理局に行って、今日の顛末を報告してくる。君は向こうの世界の皆さんに連絡をしておいてくれないか。」
「全員ですか?!」
リストは相当…数が…。え、まさかこれ僕一人でやるの?
「あとで応援よこすから。すまんね、頑張ってくれたまえ。…さっき三人も丸飲みしたんだ、がんばれるだろう?頼んだよ!」
「くっ!そうですね、頑張らせていただきます…。」
ずるずると校長は教室を出て行ってしまった。なんだ、これってパワハラじゃないの…。
「ま、仕方ないか、やること、やろう。」
僕は大きく膨らんだおなかをひと撫でしてから、講師募集のチラシ作成に取り掛かり始めた。