新たなる挑戦
「まだ終わっていない。またやり直せばいい」
イソダは自分に言い聞かせるように呟いた。
彼がいるのは競馬場の観戦スタンド。レースコースを一望できる最上段、普段は立ち入ることのない場所で彼は捲土重来を期す。
「仕上げは万全、問題はない」
前走で思わぬしっぺ返しをくらったエンドロール陣営、ダービー出走へむけて準備は万端であった。
「ただ、一つ問題が……」
「なんだ?」
「今回、逃げ宣言をしている陣営が2つ。明らかにこちらを意識しているものと思われます」
「ただの逃げ馬だと向こうは思っているのか? 前走で力は見せたはず、それでもか」
「おそらくは……」
「まあいい。思わせておけばいい。侮ってもらっているのはむしろ好都合、勝てる要素が増えるだけだ」
今度は誰にもケチはつけさせずに勝つ。そのためには……
関係者は勝つための論議を日夜繰り広げている。
その熱意をイソダは感じていた。
「皆の熱い思いを……」
イソダにとってはそれはプレッシャーにもなる。だが本人はそれを意気に感じていた。
「俺はまだ見放されてはいない。そのためにも」
出走時間が近づきイソダは愛馬の待つパドックに向かう。
パドックでの周回を終え相方を待つエンドロールはイソダを見るなり軽く、しかし力強く嘶いた。
「気合い、入れ過ぎだ」
やる気に満ちているエンドロールに軽く笑みを浮かべて騎乗するイソダは思わず呟く。そしてあたりを見渡す。
その視線の先にはイソダとは違う地区に所属する地方馬がいた
彼らはイソダとエンドロールの活躍に刺激を受けてダービー出走権獲得のためにここに出走してきた。
「イソダさん、あなたには悪いがあなたができなかったこと、代わりにやらせてもらいます」
鞍上イワザワはイソダを視線にとらえながらそう決意した。
「わかっているな。スタートしたら何が何でもハナをきれ。あいつらを先頭にたたせるな。逃げをうたせなければあいつらはなにもできない。前回はたまたま展開がはまっただけだ。たかが地方馬だ。格の違いを見せてやれ」
そう騎手に激をとばすのは今年調教師デビューしたマツワカ、騎手時代大した成績を挙げられなかったのはたまにやってきては自分の騎乗機会を奪っていく地方所属の騎手のせいだと彼らを逆恨みしていた。ただそう指示を出された騎手は迷惑そうであった。
「それはあんたがその程度だったからだろう。実力があるなら乗り替わりなんてしないだろうさ」
彼が思ったことは正論だ。ただ口にはしない。騎手は調教師から依頼があって初めて騎乗機会を得る。わざわざ機会を潰すようなことはしない。
「それにあれ、エンドロールだっけ。あの馬あんたがいうほど弱くない。こっちに移って来れば重賞の一つや2つはとれるぜ、できることならオレもあっちに乗りたいぐらいだ。それにこの馬、逃げの脚質じゃないし」
心のなかで不満をぶちまけながらも騎手は気合を入れる。
「ま、やるだけやるさ。で、あいつはどうするんだ」
彼が見つめるのは逃げ宣言をしているもうひとつの陣営、騎手の表情を見ている限り逃げ宣言には納得していないようだった




