レース後
「ごめんな、俺のせいで」
ゴール版を駆け抜けた後ルシエールは鞍上で呟いた。自分はミスを犯した。そのおかげで勝てるレースを落とした。そうルシエールは負けを感じていた。
「それにしても」とルシエールは思った。あんな走り方してあいつら大丈夫かと。見つめる先には下馬したウラタ、マドロームの足元を触り異常の有無をを確認していた。
ウラタはやらかしたと思った。ゴールした後回りの状況も考えず下馬した。周りは故障発生かとざわついた。マドロームの足は熱がこもっていたものの何も問題はなさそうだった。ほっとした表情で再騎乗したウラタは確かな手応えを感じたのだった。
タカダ調教師は激怒していた。まだ体のできあがっていない新馬にあんな走りをさせたことに。普段温厚で怒ったところを見たことがないといわれるタカダ調教師が怒りを露にしたことに周りは驚いていた。戻ってきて検量を済ましたウラタに詰め寄ろうとしたタカダを生ける伝説と呼ばれる名白楽イリエが止める。
「やめろ、ここで暴力沙汰を起こせばなにかも終わるぞ」
と諌めるがイリエにしてみてもタカダの気持ちは充分理解できる。
調教師にとって自分が管理する競走馬は子供のようなもの、常に無事に帰ってくることを願っている。例え惨敗しようとも無事に帰ってくればまた次につながる。無事是名馬の言葉のとおり故障しないことが大事なのだ。しかし、騎手は一戦一戦が勝負、その一戦において最適な戦法を考え実行する。ウラタは今回、後方一気の攻めが有効と判断し実行した。要はそれぞれの立場、考え方の違いである。騎手の経験がないタカダはそれがわからなかった。
騎手は攻められない。イリエはタカダを諭す。
「確かに新馬にああいうことをするのはよくないが、あいつがああいう走らせ方をできるようになったことを喜べ。これであいつは完全に吹っ切れただろうよ」
そう諭されてタカダは落ち着きをとりもどしたし、ウラタに謝罪する。
「すまなかった。これからもよろしく頼む」
そう言い残し念のため獣医の診断を受けているマドロームの元にむかう。
そんなやり取りのあいだに判定は行われ一着同着となった。