不安から自信へ
マドロームが難なく勝負を決めた翌週、レースが行われる競馬場は異様なほど熱気に包まれていた。
「今日はあれが出てくる。楽しみだ」
まだ第一レースの発走前なのに盛り上がる観客を目のあたりにして関係者たちは少々戸惑っていた。
「どういうこと。盛り上がりすぎない?」
「それだけ注目されているんだろうさ。それにGⅠだしな。やっぱりGⅠはこうでなければ」
むしろ盛り上がらなければ面白くないと気合の入るお祭り男と周りからいわれる騎手フクダは嬉しそうである。
「おい、フクダ、嬉しいのはわかるがここは静かにしてくれ。お前みたいなやつばっかりじゃないだぞ」
誰かにそう言われてフクダはバツが悪そうにその場を離れる。
「気持ちはわかるがな。あいつみたいなのがいてくれたほうが場が和んでいいと思うんだ。ピリピリした雰囲気は好きじゃない」
「俺だってそう思いたい。けどね、これだけ注目されるとね」
そう答えたのはクマダである。
「こんなの初めてじゃないだろうに。お前にしては珍しいな」
「プレッシャーが半端ない。こんなの初めてですよ」
「あきらめろ。そんだけ凄いのに乗れることを幸せに思え。オレには一生縁のないことだからな」
そう言って彼は次のレースのためその場を去っていく。チャレンジャーズマイルカップまで出番のない彼は一人でプレッシャーと戦うことになった。
ふとクマダはモニターを見上げる。そのモニターにはあっさりと逃げ切り勝ちを決めたウラタが写っていた。
「あいつは絶好調だな。楽しくて仕方ないって感じが伝わってくる」
「いやあ、先輩絶好調ですね。ぜひともあやかりたい」
ウラタはやたらと付きまとってくるフクダを面倒だと思いながらも突き放すようなことはしない。
「おまえさ、そういう態度を取るのは不安のあらわれだろう。俺も不安なんだよ。本番まで付き合ってやるよ」
「見抜かれてましたか。でも先輩もですか?」
「あれに比べれば楽に乗れるだろうがな。どうやったらはなされずに接戦に持ち込められるかなと。そういうことばっかり考えている」
「先輩の乗る馬って全然期待されてませんよね。なぜそんなに不安なんですか?」
「お前もだろうが! まあ引き立て役にしかならないのはいやだからな。せいぜいあがいてみせるさ。お前も諦めるな」
そんな二人のやり取りを知ってか知らずかクマダは準備を始めた。その横で関係者が驚きをあげる。完璧にまでに仕上げられたキングオブザロードが圧倒的な雰囲気を漂わせながら堂々と入場してきたのを見てクマダはプレッシャーが消えていくのを感じた。大丈夫、これで負けるわけがないと。




