戦うは馬だけに非ず②
レース前夜、予報よりも早く雨は降りだした。何か怒り狂ったようにそこらじゅうに雷を撒き散らす。爆音を響かせながら走り去る大型バイクのようであった。だが、自然体現象である以上どうすることも出来なかった。
あちらこちらで停電が起き、その復旧作業が終わるまでの間各陣営は馬になにかあってはいけないと夜を徹して奮闘する。
明け方までに一旦雨は止んだ。が、夜が明けて周りの状況が確認出来るようになると彼らは絶望したような表情を浮かべる。
「こりゃひどい。こんなのを走れっていうのか」
マドロームはこれまでのやる気がすべて消えいくように落胆する。それはシュプリームも同じであった。
「馬場状態を理由にした出走取消はここではできませんよ。出来る所もあるようですけど」
これはダメだとタカダ、フジイの各調教師は出走取消を申し出たが受け入れられるわけがなくどうすべきかと思案する。
エンドロールにとってもこんな不良馬場での競馬は初めての経験である。イソダは考える、こんな状況でも戦える術を、しかしパッと思い付くわけでもなく本番までに少しでも乾くことに希望を繋ごうとしていた。右往左往する各陣営をよそに願ってもないことになったとイリエはひとりほくそ笑む。
「大丈夫ですか、こんなの馬にとっては最悪な状態ですよ」
「心配にはおよばんよ。むしろあれにとっては願ってもないことなんだよ」
やや平常心を失いつつあるクマダを落ち着かせるようにイリエは話す。
「あれにとってはこれが初芝なんだよ。知っていると思うがここの芝は固くてな、高速馬場と言われているんだろう。もし晴れ渡っていて渇ききった馬場ならまず勝てない。だが、こんな状態だ。あれ以外の出走馬は不良馬場もダートの経験もない。力のいるこんな馬場はおあつらえなんだよ。心配にはおよばない。君はやるべきことをやればいい。結果はおのずとついてくる。私を信じなさい」
「最初からこうなると。さすがです。必ず結果を出します」
クマダは感心した。これが経験豊富なベテラン調教師のやり口なのか、と同時に舞台を整えてくれたイリエに感謝を伝える。
「気負わずともよい。あくまでも自然体でな」
イリエはもう勝ちを確信していた。ゆっくりと息を吐きながら新人の頃から面倒をみてきた弟子ともいえる存在に日の目をみせてやれると安堵の表情を浮かべる。
天気は目まぐるしく変わる。さっきまで重苦しい空気を抱えるかのように低く空を覆っていた雲はどんどん消えていき太陽が顔を覗かせる。
イソダは願う。このまま晴れていてくれ、馬場を乾かしてくれと。
他の陣営も思いは同じであった。空はどんどん晴れていく。しかしイリエは動じない。




