デビュー戦直前
デビュー戦の二日前、枠番抽選会会場にて
「タカダ先生、あなたのところが今回出すのはかなりの素質馬だと聞いています。ですが私も今回は負ける訳にはいきませんから、勝ちにいかせてもらいます」
「フジイよ、お前のところのもかなりの有力馬だと聞いている。こんなダービー馬候補生同士をデビュー戦でいきなりぶつけるとは何を考えている」
「私だって楽しみは後にとっておきたい。でもね、騎手が彼だと聞いてね」
「あれは不幸な事故だ。あいつは悪くない」
「頭では理解しているつもりです。誰も悪くない。だけど感情が納得できないでいる。あのまま辞めていれば納得できたでしょうに」
フジイ調教師はあの事故で自分が受け持っていた有力馬を失った。また、弟のように可愛がっていた所属の騎手はあの事故で大怪我を負い、未だにリハビリから抜け出せていない。そういうこともあってつい感情的になる。
「競馬に関わっていればそういうこともある。事故はつきものだ。全てが安全に済むわけではない」
タカダ調教師とて手掛けた馬を事故で失ったことは何度もあった。自分のもとで修行していた騎手が落馬して引退していったことも、スランプに陥り自殺した騎手もいた。その度にこれも競馬なんだと自らを納得させていた。
「私は貴方ほど人間かできていませんから」
そう吐き捨てるようにフジイ調教師は会場を後にする。
フジイ調教師はもともとタカダ調教師のもとで技術を学んだ弟子のようなもの、あいつも立ち直させなければとタカダ調教師は思うのであった。
調教師同士でこんなことがあったとは露知らず戦うことになる当人同士は
「じゃあんたもギャンブルで身を滅ぼしたのか」
「まあ、やり直すチャンスをもらっただけマシかもな。馬になるとは思わなかったが」
と前世の傷をなめあっていた。
「まあ、ダービーを狙えるだけの素質を持った馬になれたのは良かった。悪いけどダービーは俺がもらう。あんたは他の道を行きな」
「その台詞そのままお返しするよ」
「言うね、言うね、まあいいさ、あさってはっきりする。負けても恨みっこなしだ。この一戦で全てが決まる訳じゃないし」
「そうだな、楽しみにしておくさ、ところであんたの名前は」
「知らんかったんかい」
と思わず突っ込みが入る。
「あんた、いいボケかますなあ、気にいった。俺の名はシュプリーム、覚えておけ、なあマドローム」
「あんたは俺の名前を知っていたのか」
「これから何度もやりあうライバルになるかもしれない相手だ。名前ぐらいは知っておくさ」
なんじゃかんじゃでいい関係になっていた