激戦の後
ゴール前直線に入り二頭は同時にスパートをかける。それはまるで二頭だけでレースをしているような感覚に周りを陥らせる。実際には他にも同じレースを走っている馬は何頭かいるのだが観客たちの視線は二頭だけに集中している。
大穴を狙って二頭を外した馬券を買っていた者でさえその事を忘れて目の前で行われているマッチレースに心を踊らせていた。
他除き馬に乗っている騎手たちはもうあきらめるしかなかった。ルール上はどんなことがあってもゴールするまで全力で騎乗するようにとの定めがあるが完全に自分たちの世界にはいってしまっている二頭をただ後ろから眺めているだけだった。自分たちもまた同じレースを戦っているのだということを忘れていた。
そんなことになっている周りのことなどどうでもいいとばかりに二頭は馬体を合わせたままゴールへと一歩一歩近づいていく。ゴールする直前イソダとウラタはお互いを見つめる。競り合っている状態のなか、どうしてそんなことをしたのか二人とも理解できていなかった。けれども二人がみたのはお互いの笑顔、その表情は語っていた。こんなレースがしたかったのだと。
4コーナー出口からゴールまでの直線、時間にして三十秒もない。それでも二人はその三十秒が五分にも十分にも感じていた。そしてこんな感覚をずっと味わっていたいと思う。しかしそんな時間はやがて終わりを告げる。なだれ込むように二頭はゴール前を通過する。至福の時間が終わったことを認識した二人は現実へと帰ってくる。向こう正面近くまで走っていった二頭は他の出走馬かすべて引き上げるのを待ってゆっくりと戻ってくる。結果はわからないまま、だがウラタはイソダの手を軽く叩いた後足早に引き上げていく。ウラタはわかっていた。写真判定にはなっているが結果はイソダとエンドロールの勝利である。出走権は獲得したがまたしても彼らは敗北したのである。
悔しいはずなのに不思議と何もかんじない。ウラタは不思議な感覚にみまわれた。むしろスッキリした。そして思う。全力を出しきったあとは負けてもモヤモヤとした悔しさはでとこないもんだなと。しかしマドロームはそんなウラタをみて態度には出さなかったが悔しさ全開である。いつもと違うから負けたのだと。やっぱり同じ戦法でいかないとだめだと悶々とした気持ちを抱えていたのだった。
その一方で最高のかたちで本番に望むことになったイソダは自分たちの勝利を伝える掲示板を見ることも勝利を称える観客たちの歓声も聞くこともなく医務室のベッドに倒れこんだ。立つことさえできないほど彼は体力を使い果たした。彼にとってはそれほどの戦いだった。そんな状態でも彼の寝顔は最高の笑顔だったという。




