思惑は交差する
レース前日出走馬用の厩舎でマドロームとエンドロール、ウラタとイソダは顔を合わした。とはいってもお互いなにかを話したりはしない。気軽に話しかけられるほど仲がいいわけではない。ましては明日はお互い勝負をする身である。だからといってピリピリするような雰囲気でもない。手の内を知られないように接触を避けているような感じである。
レース前日だというのにウラタは普段と同じような感覚でいた。緊張感など全く感じられなかった。
「勝って当然なんて思うな。無理に気負うからミスをする。当たり前のことを当たり前にやる。そんな当然なことがちょっとしたきっかけでできなくなってしまう。だから難しく考えるな」
そうタカダに言われていたからだ。それでも自分が思うよりも平常心を保っていられていることが不思議でならなかった。
その一方でイソダは気持ちが高ぶりすぎていた。
「今すぐレースがしたい気分だ。これじゃ明日まで持たない。何とかしないと」
落ち着こうと思えば思うほどに気持ちは高ぶっていく。イソダはエンドロールのいる厩舎に向かうのだった。
エンドロールの顔を見た途端にさっきまで高ぶりすぎていた気持ちは落ち着いていた。
しっかりしろと激を飛ばされたような気がした。
「ありがとうよ。すっかり落ち着いたよ」
そう言ってイソダは明日に備えて眠りにつくのだった。
レース当日二人はメインレースの前に何レースか騎乗した。
騎乗したすべての馬が初騎乗であったが好成績をのこしていた。
イソダにとってはここはアウェイであったが回りからはおおむね好印象を持たれていた。
「今度来たときはよろしく」
そう声をかけてくる馬主や調教師も何人かいた。
そういう状況もあってかイソダも変な緊張感を持つことなくメインレースに望むことができた。
パドックで一列に並ぶ騎手たち、お互い顔を見合うが言葉は交わさない。戦いに言葉は不要とばかりに。
エンドロールに騎乗したイソダとマドロームに騎乗したウラタ。何かを言いたそうにしていたふたりだがお互い言い出せないまま出走各馬はターフに向かっていく。
返し馬の段階でエンドロールの調子を確認したイソダはある決意を固める。
「ひとつやってみるか」
それはギャンブルのようなものだった。
ウラタのほうもいつもと違うことをやってみようと思っていた。タカダの方からこんなのはどうかと提案があり、その案に乗ってみようと思ったのだ。
それぞれ思惑を抱え各馬ゲートに入る。扉が開きレースがスタートした。




