複雑な思い
「まずいことになった。」
両陣営はお互いに頭を抱えることとなった。経験の少ない若駒たちにとって一戦一戦が経験を積ますための大事な戦いになる。本番までは大事に確実に勝っていって自信をつけさせる。その計画は最初のほうで頓挫したけれどもそのあとは順調にきていた。しかし本番前の最後レースでこれである。マドロームに土を着けた相手とやりあう、それでマドロームが熱くならないわけがない。ウラタはどうしようかと頭の中で何回もシミュレーションを繰り返す。しかしどう考えても望むような結果は得られない。最適値を目指して頭を悩ますウラタであった。
「今度は勝つ」
マドロームは鼻息荒く調教をこなす。鞍上にウラタはいない。ついついオーバーペースになるマドロームを必死に抑える調教助手、彼もまた抑えの利かない自厩舎の担当馬の扱いに苦慮していた。
「これが本番じゃないんだから。もうちょっとゆっくりでいいんだよ」
そうなだめる調教助手の言葉を聞いているのか聞いていないのかマドロームのペースは一向に落ちない。
「馬の耳に念仏とはこの事か。ウラタさんじゃないとだめかな」
調教助手もまた悩んでいた。
「まあ落ち着けや」
調教を終え厩舎に戻ってきたマドロームを見つけ声を掛けるシュプリーム
「君はずいぶんと落ち着いているね。前戦負けたのに」
「不思議と悔しくないんだなこれが、なんか負けた気がしない。あれは前哨戦だしな。あいつはずいぶんと雰囲気が変わっていたな。だが一戦交えて課題も対処法も見つかった。本番までには修正する。勝利のための価値ある敗戦と俺は考えている。お前はどうだ。なんでもかんでも勝ちにいく必要はないんだ。大事なのはいかに本番で勝てるようにするかだ。今この段階でそんなに力入っていたら本番前につぶれてしまうぞ。もっと先を見据えて行動しろ」
「君は優しいね」
「ふん、オレが認めたライバルが本番前にリタイアするのは勘弁だぜ。お互い万全な状態で望みたいからな」
「ならあいつにも同じ事を言っといてくれ」
「会う機会がない。それにあいつはお前ほど熱くはなっていないだろうし。権利をとることだけを考えているだろうな」
「そうか」
マドロームはふと考える。エンドロールは地方馬、中央の主要競走に出るためにはそれぞれ課された条件をクリアしなければならない。ここでいう本番とはダービー、条件とは各予選で三着以内に入ること、もしくはダービーの前に行われる三冠レースの初戦エイプルステークスで四着以内に入ること、逆に言えば無理に勝つ必要はないということ。
「あいつの実力なら条件を満たせるじゃないか。今後のことを考えれば無理に勝負することはないだろう。熱くなる必要はどこにもないということさ」
確かにシュプリームの言うとおりだろう。頭では理解している。しかしマドロームの心は揺れていた。
「そんなのはつまらない。レースである以上どんな状態でも勝ちにいきたいんだ」




