夢は叶わない
なにかをしてもしなくても年は明けて新年を迎えた。数々の激闘を繰り返した者たちの世代交代が進み引退した馬たちは次の役目を果たすべくそれぞれ旅だって行く。前年のファイナルグランプリを制したビロードドレープはこれまでの功績を称えられ引退式を行うこととなった。
大勢の観客が見つめるなかターフを駆け抜けるビロードドレープ、とはいっても軽くキャンター程度ではあるが。それでも観客はその最後の勇姿を目に焼き付ける。その血を次世代に受け継がせるために繁殖地に向かうビロードドレープに期待を込めて。
「姐さん、お世話になりました。これからもお元気で」
旅立つビロードドレープに別れの挨拶をするマドローム。
「あんまり世話をした記憶はないんだすけどねえ」
そうとぼけるビロードドレープ。
「これからはあんたたちがこの厩舎を支えていくんだよ。あんまり関係者を困らせるじゃないよ。特にアブソリート、あんたはね」
ビロードドレープはこの前のレースでアブソリートがとった行為に苦言を呈す。
そう言われてもアブソリートは悪びれる事もなくどこ吹く風で反省する様子もない。
「まったくあんたって子は」
ビロードドレープはただただあきれるだけだった。だが、その一方で若いときにこういった悪びれない態度をとっていた馬たちが後に名馬と呼ばれる存在になっていった例がいくつもあることをビロードドレープは知っていた。アブソリートもやがてそういう存在になっていくのであろうと期待もしていた。
「まあ、マドローム、あんたには期待しているんだよ。これから先、かなりきついことになるだろうけどあんたならダービーも勝てるだろうと。もちろんその先もね。そうなれば……」
ビロードドレープが言った最後の言葉は聞き取れなかったけどマドロームはビロードドレープの期待に応えるべく精進することを心に誓うのであった。
「じゃあ、もうそろそろ行くよ。後は任せたよ」
去り行くビロードドレープの後ろ姿を見つめながらマドロームは思う。自分が引退した時こんな風に見送ってくれる仲間はいるのだろうかと、これからさらに厳しい戦いに赴く身でありながら引退後のことを考えるのは少々不謹慎なのかなという思いも多祥は含みながら。
ビロードドレープは後ろを振り返る事なく繁殖地への旅路に向かう。
「もし、マドローム、あんたがダービーを勝つようなことがあれば私はあんたの子供を生むことになるんだよ。あんたにはまだその事の意味がわからないだろうけどね、そうなれば私は本望さ、競走馬っていうのはそういうものなのさ」
ビロードドレープはそう呟いた。だがそれは叶わなかった。ビロードドレープが繁殖地に到着した翌日、火災が発生しビロードドレープは次なる目的を果たせぬままこの世を去っていったのだった




