贅沢な悩み?
観客たちは自分たちが目撃した事実をまだ信じることができていなかった。確実に見ていたはずのタカダ、マツイの両調教師、さらに騎乗していたウラタや一瞬にしてかわされたイソダやオオマキでさえも。
ビジョンに写し出された一連の画像を見てようやく事の次第を理解した彼らと観客たちは改めてアブソリートがおこなった一連の行為とその身体能力にただただ驚愕するのだった。またそれは地方勢が中央に勝つために色々と努力してきたことを嘲笑うかのようでもあった。それだけにイソダとオオマキは大きなショックを受けた。
「あんな化け物相手になるか、俺らのやってきたことってなんなんだ」
「結局はすべて無駄だったってことか。今まで何やってきたんだろうな」
力なくやる気を無くして表彰式がおこなわれているウィナーズサークルを見ることもなく去っていく二人をある男が見つめていた。
「あの二人はもうダメかな。もっとガッツのある奴らかと思っていたんだけどな」
そう呟いた男はふと考える。確かにあれは怪物かもしれないが勝てる隙はあるはず。あいつらにできないことを俺がやってやるさ」
アブソリートのあの走りっぷりを見てもなお男は闘志を燃やす。地方競馬を代表する騎手である彼らですらできないことをやったらさぞかし気持ちがいいだろうなと妄想を膨らます。そして男は行動をおこす。失意のオオマキのもとを訪れた彼は開口一番こう言い放った。
「レコンキスタがかわいそうだとは思わないのですか? 鞍上のあなたのせいで勝てるレースを逃している。実にもったいない。レコンキスタはこの程度の馬ではない。すべてはあなたのせいなのですよ。乗り変わるべきです」
普段のオオマキなら烈火のごとく怒っただろう。しかし失意のオオマキはその言葉を受け入れてしまった。
「お前なら勝てるというのか?レコンキスタの力を100%出し切れるレースができるというのか? だったらやってみろ」
言われるまでもなくオオマキ自身が自分のふがいなさを自覚していた。このままレコンキスタに乗っていいのだろうか。そう考えていたのだ。
売り言葉に買い言葉というのかそんなところにそういうことを言われたのでついついそういうことを口走ってしまった。こうしてオオマキはレコンキスタの主戦騎手の座を譲り渡すことになった。
その一方でウラタは複雑な気持ちを抱えていた。アブソリートは確かにすごい能力を秘めている。しかしレースを途中で放棄するなど性格に問題がある。果たして自分にこの馬を御すことができるだろうか。周りからしたら贅沢ともいえる悩みを抱えていたのだ。アブソリートを調教するタカダもまたどうしようかな、と悩んでいたのだった。




