立ち込める暗雲②
プロ騎手とは思えない醜態をさらした騎手はガックリとうなだれながら昔を思い出していた。若手の頃は飛ぶ鳥を落とす勢いで勝ち星を重ねっていった。こいつは将来とんでもない大物になると期待されていた。あの事故が起こる前までは。
この日も彼は順調に勝ち星を重ねていった。そして迎えたメインレース、断然の一番人気に推された彼の乗る馬はスタートよく飛び出し逃げの体制にはいった。
このまま逃げ切るかと思われたが最終コーナーでそれは起きた。
最終コーナーを抜けて最後の直線に向かう直前、先頭を走っていた騎乗馬が突然、走りをやめたかと思った瞬間、転倒したのだ。すぐ後ろを走っていた他馬は避けることができず、巻き込まれるように次々と転倒する。
後に史上最悪と言われるようになるこの事故は彼の心に大きな傷を残した。
彼に非はないし、周りもあれは不幸な事故だったと彼を責めるようなことをしなかった。しかし、この事故のせいで未だに現場復帰できない騎手もいるし、この時のけがが原因で騎手を引退した人もいた。さらに彼の騎乗馬を始め、何頭かは安楽死処分となった。
彼もまた大きなけがを負ったがその傷も癒え今度のレースが復帰戦になる。
だから彼の師である調教師も何とかしてもとのように活躍してほしくてこういうお膳立てをしたのだ。
しかし、結果はさんざんなもの。これで本番は大丈夫なのかとみんな心配するのである。
ふらふらとした足取りで騎手は歩く。
無意識にやって来たのは彼が乗ることになっている馬がいる厩舎。
馬はあざとく騎手を見つけ、その大きな瞳で睨み付ける。
(「何をうじうじしている。何があっても過去は変えられない。俺の背中に乗りたければいいかげん覚悟を決めろ」)
その瞳はそう言っているように思えた。