歓喜のなかで
ウラタは派手にガッツポーズをきめることも観客の声援に応えることもしなかった。しないというよりできなかったのだ。見た目にはいつも通りの騎乗に見えたであろう。しかし、ウラタの精神は無茶無茶に疲れはてていた。ビロードドレープがさも勝って当然という感じで堂々としていたのとは対照的に。そんな状態のウラタにクマダが駆け寄る。
「なんて無様な姿さらしてやがる。勝者は勝者らしく堂々としていろ」
というと同時に荒々しく背中をたたく。敗者であるオレがこんなにあっけらかんとしているのに勝者であるあんたがそんなんでどうする、ほら、もっと喜べよ、そういう意味を込めた彼なりの祝福であった。それをうけてようやく我を取り戻したウラタは軽く頭を下げてそれにこたえる。引き上げていくクマダは誰にも見られぬよう流れていく涙をぬぐうのだった。コース上に単騎残ったウラタとビロードドレープは大歓声渦巻くスタンドまえを駆け抜けていく。ビロードドレープにとってはこれが最後のウイニングランになる。コースから引き上げていく直前、彼女は脚を止め、ふと振り返る。もうここで走ることはないだろうと感じているのかといま走ってきたコースをひとしきり眺めたあとゆっくりと引き上げていくのだった。
引き上げてるウラタとビロードドレープを関係者が取り囲む。喜びを隠そうともせず駆け寄る担当厩務員や調教助手などの厩舎関係者、その中でも調教師のタカダは子供のようにはしゃいでいる。ビロードドレープのこんなシーンは何回も見ているだろうにとウラタは思うのだが引退レースということもあってそれを勝利で飾ったことで重責を果たした。その緊張感から放たれた結果がこれなんだろうとも思うのだった。
「おめでとう」
同じレースの出走各馬の関係者から祝福を受けるウラタ。敗れた陣営も勝者を称えることを決して忘れはしない。それは勝負の世界に生きる者にとってごくあたりまえの行為である。
ウラタにとってこの感覚は久々に味わうものである。忘れかけたこの感覚を味わって思いを強くする。
「またこの感覚を味わいたい。できるはずだ、あいつとなら」
今回表彰台に立てなかった者の中にも思いを強くする者もいた。オシタニもルシエールもクマダも思う。次回あの表彰台に立つのは俺たちだと。
表彰式を終えウラタは大歓声に両手を高々と挙げ応える。そして告げる。
「ビロードドレープはこれを最後に新たな舞台に立つ。だけど俺は次回またここに立つつもりだ。あいつとならできると思っている。皆さん応援をよろしくお願いします」




