もうひとつの戦い④
いよいよレースは最終局面を迎えた。ゴール前最後の直線に各馬差し掛かる。意図せず超スローペースになったことに誰も気づかないままであったので先頭の二頭は余力を残した状態だった。そのため誰もが予測した失速ということにはならなかった。スタート時の勢いそのままにゴールに向かう二頭はスタンドのどよめきともいえる歓声には応えることなく淡々と足を進める。しかし、事はそう簡単には運ばない。先頭に気をとられていた観客たちは後ろから猛追してくるビロードドレープとゴッドプレスに気づくのが遅れた。
十分に見せ場を作った二頭にはここでお役後免とばかりにあっさりと追い抜いていく。やはりこのレースの主役はこの二頭なのか、観客たちの歓声は先ほどまでと違い熱を帯びていく。しかし、その歓声は騎乗しているふたりには届かない。ウラタもクマダも後ろから感じるとてつもないプレッシャーに脅威を感じていた。しかし、後ろを振り返りはしない。そんな余計な動作は馬をふらつかせる要因になる。そんな脅威を感じながらも二人は集中力を切らさない。ゴール目指して競り合いを続ける。
そんな状況のなか、ウラタは後ろから感じていたプレッシャーがなくなっていたことに気付いた。不思議に思いふと横を見る。
ウラタは驚いた。いつの間にかオジールが隣にいたのだ。さっきから感じていたプレッシャーはオジールとそれに騎乗するタケトヨが放っていたものだったのだ。普段と違う雰囲気に戸惑っていたオジールをうまく御し、ここまで導いてきたのはさすがである。
本命馬に騎乗する事の多いタケトヨにとっても今回は普段と趣が違う。人気薄の馬に騎乗するのは久しぶりだったのだが彼はそれを楽しんでいた。タケトヨは人気薄でも一着に持ってくる。そんな思いを観客に与えようとしていた。しかし、ウラタもクマダもタケトヨのそんな思いを一蹴しようとそれぞれの騎乗馬に一発鞭を入れさらなる奮起を促す。それに応えてビロードドレープもゴッドブレスも加速する。オジールはそれについていけず後方の馬群に飲み込まれていく。さしものタケトヨもここでは単なる引き立て役に過ぎなかった。プレッシャーから解放された二人は競り合いを続ける。残り100メートルを切っても馬体を合わせたままの二頭に観客のボルテージはどんどん挙がっていく。歓声とも悲鳴ともいえない声はふたりにも聞こえていた。
ゴール直前ゴッドブレスの脚色がわずかに鈍る。荒れた芝に足をとられたのである。先にゴールしたのはビロードドレープのほうだった。最後の最後で勝利の女神はゴッドブレスにそっぽを向いてしまったのだった。




