もうひとつの戦い③
勢いよくスタートを決めた各馬であったが特にきれいなスタートをきった二頭がハナをきる。それをみたオジールがいつもと違う展開に戸惑っているような素振りを見せながら追いかけようとする。鞍上のタケトヨはそれをおさえてなだめるように話しかける。
「大丈夫だ。あの二頭の足は必ず止まる。その時まで中段待機だ」
その言葉にオジールは落ち着きを取り戻す。
その後方でゴッドプレスとビロードドレープはお互いを意識しながら機会をうかがっていた。まだレース序盤、我慢しきれなくなって先に仕掛けたほうが負ける。前にいる二頭以外はそう考えているようである。
その体勢のまま一回目のホームストレートに入る。大歓声のなか観客の目の前を通りすぎていく。そこでもオジールはいつもとちがう雰囲気に戸惑っていた。
「これは無理かも」
さしものタケトヨも戸惑いと落ち着きを繰り返すオジールには苦労しているようだ。
そんなオジールを前に見てビロードドレープとゴッドプレスはお互いを意識しながらもなにかやらかすんじゃないかと不安をおぼえていた。幾度となくやりあった二頭はお互いのやり口はお見通しである。結局は最後の直線でのスパート勝負になる。それまで邪魔しないで欲しいと思うのだった。
だかこのレース独特の雰囲気は大舞台になれているはずの各人馬に本人たちも気づかないうちに心身に微妙な感覚のズレをもたらしていた。
先頭を走る二頭との差が徐々に開いていくことに気づかない。最終コーナーまでにあの二頭はバテるとの判断が後ろの各人馬のペースを無意識のうちに落としていた。しかし、先頭を走る二頭は平均ペースを守ってバックストレートを走っている。こういう展開に慣れていない騎手ならばただちに先頭の二頭との差を縮めに行っていただろう。しかし、経験豊富な騎手であるが故の判断で誰も追いかけにいかない。こうしているうちに先頭と後方集団との差は開いていく。平均ペースであるにもかかわらず後方集団はお互いが牽制しあってとんでもないほどにスローペースになっていた。
先頭が第3コーナーに差し掛かる頃になって観客が騒ぎ出す。とんでもない大判狂わせが起きるのではないかと。
ようやくこの事態に気づいたルシエールは早めに仕掛けることにした。
「予感が悪い方に当たってしまった。これではダメだ」
ルシエールは半ばあきらめていたがそれでも最善はつくそうと力の限り追い出しにかかる。
それでもウラタやクマダ、タケトヨは動かない。あくまでも直線勝負にかけている。こうして先頭の二頭がセーフティーリードを保ったまま四コーナーを抜けて直線に入ろうとして初めて各人馬は追い出しにかかるのだった




