三戦目
レースに向けてウラタはマドロームに付きっきりで調教に励んでいた。タカダ調教師はあえてマドロームにこれまでになくきつい調教を課していた。例えば坂路調教なら普通は1日三本である。それを五本にした。まだ体の出来上がっていない二歳馬にとって坂路調教はきついものであり、足元への負担も大きい。それでもタカダが坂路調教にこだわるのはかつて坂路の鬼と呼ばれマイルしか走れないといわれた馬を二冠馬に育て上げた名白楽をその目で見てきたからである。その名をウチヤマ、数々の名馬をスパルタ調教で鍛え上げてきた。
タカダは同じ事をやろうとしているのである。マドロームならこのスパルタ調教に耐えてより強く、より速くなってくれるとの期待を込めて。
同じ頃キングオブザロードの陣営は騒然としていた。
「骨折だと」
イリエ調教師は獣医の診断に思わず絶句した。破れたとはいえそんなに悲観する事はない。展開のアヤ、不幸が重なっただけで実力で負けたわけではない。そう思っていた。だが骨折の原因がレース展開のせいだとしたらこれは看過できない。こうしたことはよく起きるからだ。幸いだったのはそんなに重症ではないということ。一冠目にはぎりぎり間に合いそうだ。イリエはクマダに謝罪した。
「花道を用意したつもりがこういう事になって申し訳ない。なんとか間に合わせるから心配はいらない。今はグランドハードルに集中してくれ。あの馬なら心配はいらないだろうが。ファイナルグランプリにも乗ってもらうから」
クマダはイリエを信じるしかなかった。自分はあなたを信じるだけと告げて次のレースに望むのだった。
シュプリームは余裕だった。彼は今年中に出るレースはない。予定として2ヶ月後のキラキラ賞に出走予定なのでじっくりと仕上げるのがフジイ調教師の方針だった。
今日の調教を終えてヘロヘロになったマドロームにシュプリームに話しかける。
「ちょいとやりすぎじゃねえのか、本番前につぶれるぞ」
「あの二人を見てたらやる気出たんだよ。気持ちを押さえきれない。これでも足らないぐらいだよ」
「やる気になるのはいいことだがやり過ぎるなよ。そんなに気合いをいれなくても勝てるだろう」
「前回それで失敗したからな。今度も地方馬が出てくる。もう油断はしない」
「まあ万全を期すことにこしたことはないからな。とにかく頑張れ」
「言われなくてもやるさ。今度は負けない」
前回の失敗を反省したマドロームは一心不乱に調教に励んでいた。そうして時間は過ぎていく。
「なんか変わったな」
シュプリームは半ばあきれたように呟いた。
「そりゃあね、あんだけ坂路調教をやれば体つきも変わるよ」
マドロームは自信に満ちた表情で答える。過酷な調教はマドロームの精神状態に好影響を与えたようである。
「ま、これで負ける訳にはいかなくなったな。しっかりと走ってこい」
シュプリームはそう言ってマドロームを送り出す。
マドロームの三戦目が近づいていた。




