新星あらわる②
前線の疲れも癒え次戦に向け調教を再開したマドローム、順調に仕上がっていた。仕上がり具合を各にした調教師タカダはレーススケジュールを見ながらローテーションを考えていた。
マドロームの担当厩務員に声を掛け意見を聞く。
「思っていた以上に回復力があります。実戦を多くこなした方が良さそうです」す
「フューチャーズステークスの前に一戦やらした方が良いということか」
「そうです。メイプル賞あたり使ってみてはどうでしょうか、ちょうどいい間隔だと思われます」
こうして2歳王者決定戦であるフューチャーズステークスの前に一戦使うことになった。
「兄さんは悔しくはないのですか?あの事故の加害者が堂々と復帰して、しかもあのマドロームに主戦騎手だなんて」
話しているのは現役唯一の女性騎手オシタニジュンコ、話しかけられたのは兄と慕うマツイ調教師、あの事故の被害者でありリハビリの甲斐なく騎手を引退することになった。現在は若手調教師としてこれからの活躍が期待されている
「もうそれはすんだこと、競馬には往々にしてそういう事故もある。無念はあるが今はもう吹っ切れた。こいつらを勝たすことを一番に考えている」
そう言って厩舎にいる馬達を見る。この厩舎にも将来を属望されている馬がいる。その名はプレセンシア、存在感と言う意味を持つ。
「この馬に乗せて下さい。マドロームに勝って仇を取ります」
オシタニはそう言うがマツイは首を横にふる。
「そんなことを思っているなら乗せる訳にいかない。それにお前にこいつは御せない。乗りたければもっと実績を積んでこい」
そう言われれば何も言い返せない。オシタニは悔し涙を流してその場を後にする。この時の悔しさがあってか、この後オシタニは急激に勝ち星を伸ばしていく。そしてプレセンシアに乗ることを許されるのである。
一方ウラタはマドロームのデビュー戦以降、順調に勝ち星を重ねていく。
「完全に復活したようだな。うちのにも乗ってくれよ」
調教師達から声を掛けられ、頭を軽くさげながら応じる。
「調子良さそうだね」
ルシエールが流暢な日本語で話しかける。
「でも、こういう時に油断が生まれる。気を引き締めてね」
面倒見のいいルシエールは常日頃こうやって事故が起こらないように若手、ベテランを問わず注意換気している。
「ウラタサン、例のあの馬どう思う」
ルシエールはウラタに問いかける。あの馬とはキングオブザロードのことである。
「正直あれに勝てる気がしない。今はね」
「何か意味ありげな言い方だね」
「まだ一戦目だから。これからどんどん変わっていく」
「それはこっちも同じ事がいえる、だけど」
そう言いかけてルシエールは会話を止める。
「うん、どうした」
ウラタはその先を聞こうとしたがルシエールの気持ちは頭上のモニターに向いていた。
モニターにはこれから始まる新馬戦が写し出されていた。
「ちょっと気になるのがいてね」
ルシエールがそう言うとウラタもモニターを見上げる。
「どれ?」
「プレセンシアっいうやつ、見た目はそんな強そうに見えないし、やる気もなさそうなんだけと何か気になる」
ルシエールはそう言うが、ウラタには他の馬とそんなに変わるようなところはないように思えた。
レースが始まり各馬一団となりレースは進み直線にはいったとたんに各馬仕掛ける。
普通の、ごく普通のレースであり、プレセンシアはごく当たり前に勝った。
「また何かすごいのが出てきたな」
「全くだ。むしろこっちの方が怖い位くらいだ」
二人は驚愕の表情を浮かべる。
中段待機で絶妙なタイミングで仕掛け先頭にたったが直線半ばで馬群に飲み込まれるものの、そこから盛り返し、ゴール前直前で差し返した。
プレセンシアの武器はシュプリームのような絶妙なペースに持ち込むことでもなく、マドロームのような強烈な末脚でもなくあきらめない勝負根性なのだということを二人は理解したのだった。




