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青い痛みの先に  作者: ひろゆき
9/23

弐 ーー 杉浦の想い。野村の存在 ーー (2)

“力”を使おうとしていた尾崎。その行いがどうなるのか、そして、自分にも力を持っていると言った矢島との関係にも気になっていただければ嬉しいです。

              3



 何度も訪れる状況に、尾崎は一つの考えを持つようになっていた。

 夢で訪れる教室は、儀式の最終的な場所。もしかすれば、誰を消した後、ここで自分が罪に対しての裁きを受ける場であるのではないかと。

 これまでは、この夢すら忘れていたが、意識をしてしまったから、覚えているんじゃないか、と。

 それならば、目の前に現れるフードをかぶった彼女は、尾崎を裁く裁判官という立場かもしれない。

 いつもの中央の席に座り、頭を上げた前の席で対峙する彼女を見て、ふとそんなことを考えてしまった。

 相変わらず、彼女は沈黙を守っていた。しばらくは尾崎も彼女の出方を伺い、口を噤んでいた。

 互いに口を閉ざしたまま時間だけが流れていく。今回、机の上にトランプは置かれておらず、手持ち草になった手を膝の上で遊ばせていた。

「ーー私が消えることはーー」

 


「なんで消さなかったの?」

 誰もが帰った放課後の教室。現実の教室。前日の出来事、夢の状況。尾崎は少し考えたくて、一人残っていた。

 豊田に遊びに行こうと誘われたが、提出物が残っていると、嘘をついて残っていた。すると、矢島が唐突に教室に戻ってきて問われた。

「ーーなんでそんなことを?」

 不意を突かれ、尾崎は声を詰まらせた。

 矢島は尾崎の疑問を無視して、尾崎の前の席に座り、こちらに体を向けた。

「あの教室も、こことほとんど同じだよね。あのフードをかぶった女の子以外は」

「……お前もあの夢を?」

「……私の場合、教室の中央で、あなたとパーカーの女の子が喋っているのを、後ろに立って眺めているって感じだけど」

「……嘘だろ」

 話が本当ならば、夢を共有していることになる。

「まだ信じてもらえない? 私にも“力”があるってことに」

「それは……」

 正直なところ、本気で信じているわけではないが、夢に現れたフードの女の子のことは、誰にも話したことがない。

 だからこそ、彼女の存在を矢島に指摘されると、信じなければいけないのかもしれない。半ば諦めるしかなかった。

「……で、どうしたの?」

「……消せなかった」

 血のついた指の爪を、親指の腹で人差し指から小指まで弾く。

 それが“力”のリセットだあった。

 最初に手に傷をつける動作、リセットの動作をわきまえることで、不注意な事故を防ぐことができた。

 この動作のお陰で、不意に怪我をして咄嗟に誰かに触れ、消すことはない。

「あのとき……」

 後三センチほどで、野村の額に触れようとしたとき、躊躇してしまい、指を弾いていた。

「……怖くなったんだ。結局、そこで止めた。野村を消そうとして」

 尾崎は左手を眺めて呟いた。不意に口角が引きつってしまう。自分を嘲笑するように。

「それで消さなかったの?」

 冷淡な問いが耳に届き、ピクッと尾崎は顔を上げ、困惑した表情で、矢島の顔を伺った。

 すると、矢島は「何?」と平然とした表情で、軽く首を傾げた。言葉の本質を疑いたくなるほどに。

 何か反論したいのに、気持ちに反して息を呑んでしまう。

「あなた、なんで悩んでいるの?」

「なんでって、それは当たり前だろう、だってーー」

「ーーでも」

 反論しようと声を荒げたとき、矢島は遮り、尾崎を険しく睨んできた。

「これまで何人も殺してきたんでしょ?」

「ーーそれは」

 そこで声が詰まる。

 それまで、自分は大丈夫なんだと、守っていた何かが、脆く崩れてしまった。矢島の指摘にそれだけの威力があった。

 叱責されているような辛さに、何も言い返せないでいたが、

「なぁ、僕は誰を消してしまったんだ?」

 伏せていた顔を上げると矢島を見詰め、それまでずっと胸に竦んでいた疑念をよいやく、ぶつけることができた。

 矢島にとっても予想外だったのか、体をビクッと反らし、口を噤んでしまう。

 それでも真実を知りたく、今度は矢島を責めるように、じっと見詰めていた。

 矢島は「それは」と濁してしまう。

「そうね…… 誰かをね、誰かを」

「殺した?」

「正直、私も誰が、とは言えない。けれど、殺したんでしょうね」

 抑揚のない声が、より現実の冷酷さを物語っているようで、息が詰まってしまう。

「そっか。じゃぁ、人殺しなんだな。じゃぁ」

 今にも途切れそうな脆い声をこぼし、左手を胸の辺りに上げ、じっと眺めてしまう。

 殺した…… 誰かを…… この手で…… ーー

 左手を眺めていると、おもむろに右手をブレザーのポケットに入れた。ポケットの中にある物を掴むと、手を引く。

 ポケットから取り出したのは、カッターナイフ。

 昨日、病院に持って行ったままになっていた。唐突な動きに唖然とする矢島の横で、無言のままカッターの刃を出すと、そのまま刃先を左手の人差し指につけると、躊躇なく刃を滑らせた。

 赤い血がスッと流れ、それを親指で中指、薬指、小指へと滑らせていく。

「あなた、何をするつもり?」

 それまで黙っていた矢島が声を荒げ、身構えてしまう。やはり、矢島も理解していた。この動作の意味を。

 自分が狙われている、と警戒している中、尾崎はその左手を、自分の額に触れた。

 緊張していたせいか、指先は思った以上に詰めたかった。それでも、自分自身に印を刻んだ。

「ちょ、何、やってるのっ」

「だって、そうだろ。僕が死ねば、この辛さは消えるんだろ」

 あたふたとする矢島に対し、尾崎はそれこそ、手を滑らせて怪我をした、情けなく照れ笑いしながら、矢島を見詰めた。

 死が訪れる恐怖はまったくなかった。ただ、じわじわと手を触れた部分から蝕むように頭痛が広がっていく。

「なんで、そうなるのよ、ったく、バカッ」

 矢島が尾崎の肩を掴んで揺らす中、頭痛は広がり、全身の関節にまで痛みが広がっていく。

 全身から力が抜け、視界も霞み、目蓋が異常に重くなってきた。痛みは激しい睡魔に似た感覚になり、体がゆらゆらと揺れてしまう。

 遠くの視界に、辛うじてぼやけた矢島の姿が見えていた。何かを叫んでいるみたいだが、何を叫んでいるのかは聞こえない。

 予想とはかなりかけ離れていた。もっともがき苦しみ、最後に後悔して長い時間をかけて死が訪れるのだと思っていた。

 意外だったな ーー

 意識が残る中、尾崎は笑った。それと同時に力が抜け、右手に持っていたカッターナイフを床に落とした。

「バカバカしいっ。もうっ」

 悩んだ末に“力”を自分に向けたのは、いつか、尾崎が意識して“力”を使うなら、それは誰でもなく自分にしようと考えていました。だからこそ、前回の野村に対して躊躇させてみました。そして、その場にいた矢島の言動。次回もよろしくお願いします。

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