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青い痛みの先に  作者: ひろゆき
6/23

壱 (5)

 ルーズリーフ。

 それを誰がなんのために、尾崎に向けたのか。それは尾崎を追い込むためなのか、脅迫なのか。尾崎はこの言葉にどう対処するべきか……

              6



 確信を持てないまま時間がすぎ、週が明けた木曜日。今日はどういう方法で絞るべきか考えつつ、席に着いたとき、恐れから机の中を覗いてしまうと、尾崎は目を見開いてしまう。 

 また一枚のルーズリーフが入っていた。先日と同種のルーズリーフが。

 緊張から息を呑み、震える手でルーズリーフを取り出し、一度口舐めしてから、二つ折りになっていたのを開いた。

 すぐに力がこもる。


 ーー 姫香と言えば、気が済む? 


「ーー嘘だろ」

 つい荒々しく声がもれてしまう。すぐに顔を上げ、視線を忙しなく左右に泳がせた。

 今の声に、どうやら気づいた者はいなかった。みんな、それぞれの話に盛り上がっており、咄嗟ではあったが、声が出て恥ずかしかったが、気づかれておらず安堵した。

 すぐに後ろを振り返った。後ろのゴミ箱を睨むために。

 まるで以前、捨てたルーズリーフひ走り書きした言葉に答えるような一言。

 苛立ちから書き込んだルーズリーフは、確実にゴミ箱に捨てた。だからこそ、こんな返事らしい文面を疑ってしまう。

 わざわざ、ルーズリーフを拾ったのか、と。

 執拗な行動に恐怖よりも憤慨してしまい、奥歯を噛み締めながらも、ルーズリーフに視線を落とした。

 今回はまだ続きがあった。


 ーー 気をつけなさい。


 忠告めいた文面。読み終えた後、尾崎は静かに息を吐き捨て、ある決心をした。



「これって、お前なのか?」

 スマホの奥から返事はなく、張り詰めた空気の圧迫感に、尾崎の耳は痛かった。

 放課後、生徒が少なくなる中、屋上へと上がり、オレンジ色に染まる空を見上げて立ち竦んでいた。

 教室でもよかったのだが、まだ残っている生徒に話を聞かれるのを恐れ、誰もいない屋上に来ていた。

「お前、この前に言っていただろ。野村さんの友達に、“姫香”って子がいるって」

 電話の相手は杉浦だった。

 何度考えても、ルーズリーフを忍ばせたのは杉浦しか思い浮かばなかった。昨日、教室を見渡したときの杉浦の表情が、どうしても離れてくれなかった。

 すべてを話そうとしたのだが、直前になって恐れてしまい、結局は“姫香”という名前を訊く、中途半端な質問になっていた。

 それでも杉浦は黙ってしまい、疑いが強まってしまう。

 本当は直接訊こうとしていたのだが、放課後になるとすぐに、杉浦は教室を後にしていた。

 きっと病院だろう。

 尾崎も病院に行けばよかったのだが、いち早く訊きたかったので、電話にした。

 杉浦はまだ黙ったままであった。

「……気をつけた方がいいよ」

「ーーえっ?」

 予想していなかった返事に、尾崎は言葉を詰まらせてしまう。疑いはしていたが、疑いを強める発言に、鼓動が速くなる。

「……何か知っているのか?」

 どこか尾崎の“力”を匂わす質問に質問になったかもしれない。深く追求すれば、こちらもすべてを話さなければいけない状況になりかねなかったが。

 杉浦は黙ってしまう。

 まるで返事を躊躇している様子に感じられた。尾崎も急かさず、じっと待った。

 唇を噛み、視線を動かした。薄い雲が風にゆっくりと流れていた。

 スマホ越しに杉浦のため息が聞こえ、尾崎は意識を集中させた。

「……君があいつの願いを聞いてくれるならね」

「……願いって、誰のだよ。野村さん? それとも……」

「悪い。もういいかな。そろそろ病室に戻るから」

 唐突に通話を切ろうとする杉浦に尾崎はうろたえ、「ちょ、待って」と声を荒げてしまう。

「悪い。今日だけは来ないでくれ。今日だけは…… ただ、気をつけるんだよ」

「なんだよ、それ」

「誰かが消されるかもしれない」

 口ごもった弱々しい声であったが、ナイフやカッターよりも鋭く、尾崎の胸を深く切り裂いてしまう。

 やはり、杉浦は何かを知っている ーー

 確信を抱き、詳しく訊きたかったが、すぐさま杉浦は電話を切ってしまった。

 尾崎はしばらく屋上に立ち竦んでしまった。力なくスマホを持っていた右手を下ろして。



                7



 机の上のジョーカーが憎らしく、不気味に尾崎を見上げていた。

 尾崎は体を丸め、ジョーカーと睨み合った。

「あなたの目的は何?」

 目を伏せる尾崎に声が降り注ぐ。

 抑揚がなく、淡々とした口調。それでもどこか切なく聞こえたのは、若い女の子の高い声だった。

 脳裏で聞き覚えのある女の子の顔を探したが、一致する顔は浮かばなかった。

 声に惹かれ、尾崎は顔を上げた。

 机を挟んだ先に立っている人影があった。

 警戒心から眉間にしわを寄せ、睨むように女の子の顔を見上げた。

 さほど背は高くなかった。体型も小柄で、女の子であるのは一目瞭然であった。

 しかし、顔は確認できなかった。

 袖が長く、グレーのジップパーカーを着て、フードを深くかぶってしまっており、口元は辛うじて見えるが、フードが影になっており、表情は伺えない。

「ねぇ、どうなの?」

 口元が動いた。やはり、喋っていたのは目の前の人物らしい。

 唇を舐め、視線を動かした。見覚えのある黒板や机。ここは自分の教室であると直感した。

 その中で尾崎は制服を着ていたが、制服ではなく、パーカーを着ていた目の前の人物はより異質に見え、心が危険だと警告されて息が荒くなる。

「ーー目的? そんなものはないさ」

 上目遣いでまるで死神みたいに見えてしまう“彼女”を睨み、警戒心から重くこもった声で反論する。

「そう。その方がいいのかもね」

 どこか嘆くように言い、口角をつり上げる。

 言葉と口の動きが噛み合わない様子に、より尾崎は片頬を歪めた。

「君は誰だ?」

 苛立ちを隠さず、今度は責め立てるように、強い口調で訊いてみた。

「あなたと同じ“力”を持つ者よ」

 ……同じ ーー

「ーー“力”ってなんのことだ」 

 肩が緊張で強張ってしまう。下手に“力”を認めるのを恐れ、ごまかしてしまう。

 苦笑してみると、彼女は不意に左の掌を胸の辺りで見せた。指が細く、華奢ではあるが綺麗な手を。

 それが答えだある。左手が語ることが。

 すべてを知っている。そう語った尾崎は黙ってしまう。

「なら、なんで僕に近づいたんだ? どうなるか分かるだろ?」

 すべてを見透かされている敗北感が嫌で、背筋を伸ばし、強がってみせた。後手に回ることはできない。と心が訴える。

 彼女はかぶりを振る。「なぜ?」と尾崎は迫る。

「私は消されないわ」

「だから、なんでーー」

「いい? もう消すのは止めなさい」

 脅迫に思えるルーズリーフ。それは、尾崎一人を静かに“力”に悩ませるだけなのは面白くないな、と考えて出してみました。そして、ある教室に出てきたフードをかぶる女の子。新たな人物は、尾崎とどう接していくのか、ちょっとでも想像していただければ嬉しいです。

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