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青い痛みの先に  作者: ひろゆき
5/23

壱 (4)

 やっと、尾崎の“力”に関わる進展があります。現実と夢との関わりは、尾崎にとって深刻な問題となっていきます。ちょっとでも興味を抱いていただければ幸いです。

              5



 静寂した教室。壁にかけられた時計の秒針の音も聞こえてきそうなほど、耳が痛くなっていた。

 教室の中心の席。尾崎の席ではないのだが、尾崎はそこに座り、うつむいて机を眺めていた。

 机の上には、一枚のトランプが置かれていた。絵柄を上にして、尾崎は息を詰まらせてしまう。

 黄色い帽子をかぶり、真っ赤な鼻で、不敵に口角を上げ、不気味に笑ったピエロが描かれており、尾崎に何かを問うように見上げていた。

 ジョーカー。

 ジョーカーのトランプを手にしたとき、どこからともなく、何かの会話が聞こえた。

 空耳ではなく、尾崎の上を声が舞っているように聞こえた。

 誰の声かは分からない。一人は男の声。初めて聞いたはずなのに、なぜか心が握り潰されそうな痛みが走る。

 そして、もう一人は女の声だった。

 会話の内容から、まるで男が一方的にカードを押しつけられ、女がカードを渡しているように聞こえた。

 どういう状況なのかは分からない。

 ただ、そこで不意に左手を眺めてしまい、唐突に考えてしまう。

 この手で……

「……消した、奴なのか?」

 会話の中で「消す」というワードがあり、より恐怖心が強まり、無意識に左の掌に力がこもってしまう。汗が滲む感触が気持ち悪くなってしまう。

「……ヒメカって、誰だ?」

 誰もいないのだと知りながらも、周りを見渡してしまう。誰かに聞かずにはいられず。

 無論誰もおらず、最後に窓を眺めてしまった。夕日がこちらを眺めていた。空をオレンジ色に染めて。

 つい、この夕日にさえ、問いかけていた。



「……ヒメカ?」

 金曜日の朝。普段とは違う頭痛に苛まれ、尾崎は目を覚ました。

 辺りを見渡す隙もないまま、尾崎は一言呟いてしまった。

 誰か分からない名前に疑念を抱きながら、耐えられない頭痛に額に手を当てていた。

 痛みのせいか、顔が火照っているみたいだ。

 気持ちが落ち着き出し、天井の白さを把握した瞬間、背中に悪寒が走り、パッと目を開くと、咄嗟に左の頬に手を触れていた。

 一週間ほど前、青い涙を流したときと、今が似ている感覚が体に残っていた。

 だからこそ、時間を確認する前に手が動いてしまった。

 頬が濡れていることはなく、泣いていない現実に安堵せずにはいられなかった。

 ベッドに寝そべったまま、ため息をもらして瞬きをした。

「……ヒメカって、誰なんだろう?」

 昨日、病院から帰ってから、ずっと考えていた。

 辛い、か ーー

 杉浦の言葉が強く耳に残っていた。時間が経つたび、尾崎の“力”を批難しているをじゃないか、と悩まされる。

「……もしかして」

 夢で聞こえた声。どこか懐かしいと思えてしまう男の声。それは自分が消してしまった人物の声なんじゃないか、と不安が急に強まってしまった。



 ヒメカ…… どこかで聞いた気になっていたのだが、それが分からないまま、尾崎は学校に向かった。

 朝のホームルームが始まる十分前に教室へと入った。いつもはもう少し早く登校していたのだが、今日は気分が優れず、家を出るのが遅れてしまった。

 すでに登校していた生徒が、教室内でいくつかのグループに分かれて盛り上がっていた。

 扉付近で喋っていた生徒にあいさつして、席に着いた。これから長い一日が始まると思うと滅入ってしまい、椅子に座るなり机に突っ伏してしまった。

 ややあって顔を上げ、教室を見渡した。

 この中で誰かが消えたのか? ーー

 すでに登校していた生徒の顔を、一人ずつ眺めてみた。勿論、全員を把握している。だからこそ、心が緊迫してざわめくことはなかった。

 最後に遠くの杉浦の姿を見たとき、思い出した。

 ーー 姫香。

 昨日、病院で野村七瀬の友達だった女子生徒が、確かそんな名前だったような気がした。

 だが、すぐに杉浦に訊きに席を立てずにいた。昨日、最後に見た杉浦の冷淡な表情が、尾崎を億劫にさせていた。



 そのままうとうととしていると、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴った。尾崎は顔を上げ、強まっていた睡魔を遠ざけようと、控え目に伸びをして、腕を前に伸ばした。

 体を反らしたとき、机の引き出しに何かが入っているのに気づいた。普段、登校して教科書を引き出しに入れることはない。入れるならば、授業が一つ終わるごとに、筆箱を入れるぐらいで、教科書はすべてカバンに入ったままである。

 怪訝に眉をひそめて見ると、どうやら一枚の紙が入っていた。

 なんだ、これ、と取り出してみる。すると、ルーズリーフが二つ折りになって入っていた。

 誰かのイタズラ、と何気なく首を傾げて開いてみた。


 ーー 次は誰を消すつもり?


 ルーズリーフを開いた瞬間、尾崎の背中に悪寒が走り、全身から血の気が引いてしまう。

 まるで尾崎の“力”を把握しているような文面。ルーズリーフを握る手に力がこもり、目を見開いてしまう。

 字は横書きで、シャープペンで書かれた細い文字。文字の角がしっかりとなっており、単純なイメージで、芯が強うな人物に感じてしまった。

 バンっと机にルーズリーフを叩きつけ、咄嗟に教室を見渡した。

 確実にこの教室にいる。その確信だけは抱け、生徒を見渡す眼差しが険しくなる。

 なんで、知ってるんだ? ーー

 もしかして、消すところを見られた? ーー

 いや、そもそも、なんで“それ”を知っているんだ? ーー

 困惑が頭痛を引き寄せてしまう。誰もが怪しく見えてしまい、一人、一人と顔を眺めていると、教室の扉が開いた。担任が来たらしい。

 席を立っていた生徒が、担任の「座れ」の一言に、立っていた生徒が忙しなく散った。

 何気に杉浦に目線が移った。すると、杉浦はこちらの目線に気づいたのか、一瞬「何?」と顔を傾げた後だった。

 不敵に口角を上げたのは。

 なぜ? ーー

 という問いを咽の奥に詰まらせていると、別の生徒が杉浦の横を通りすぎ、再び姿が見えたときは、何もなかったように、違う方角を眺めていた。

 お前、何か知っているのか? ーー

 無言の疑問を宙に彷徨わせていると、担任がざわめきを遮断させ、朝のホームルームが始まった。



 担任の話は耳に入らなかった。目尻をつり上げ、険しい表情で頬杖を突きながら、机の上に置いた、ルーズリーフを睨んでいた。

 何度見ても、文面に苛立たされる。

 お前は誰なんだ? ーー

 苛立ちをそのままルーズリーフに書き込んだ。そしてグシャッと丸めた。



 ルーズリーフは教室の後ろにあるゴミ箱に捨てた。手元にこの紙を残していると、胸の動揺は静まりそうになかった。

 一限目が終わり、二限目が始まるまでの十分間の休憩時間、尾崎は席を立ち、トイレに向かうと、時間を空けてから席に戻った。

 席に戻り、椅子に座る前に一度、教室を見渡した。一瞬だけでなく、一人、一人を観察するように。

 そして座ると右手で頬杖を突き、左手の人差し指で机を忙しなく突いていた。

 しばらく教室を眺めた後、唐突に指が止まる。

 松井、大場、川原の三人がノート。それで、島田、山口がルーズリーフか ーー

 次の授業までの間、前の授業のまま席を立った者。机の中にすぐに仕舞う者。様々であったが、机の上に教科書を置いたままになった者のノートを思い出していた。

 席を立ったのはワザとだった。一度立ち上がり、教室全体を確認したかったから。

 全員を確認できたわけではない。しかもルーズリーフでも、遠くからなので確信はできないが、誰なのか少しでも絞りたかった。

 確かなのはクラスの誰か、ということ。

 

 ルーズリーフの存在。

 それは誰の仕業なのか、誰であれ、尾崎にとっていいことなのか、悪いことなのか。そして冒頭のトランプ。それが尾崎の“力”にも大きく関わっていくことになります。今後もよろしくお願いします。

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