終 ーー 扉の先からの誘い ーー
誰にでも訪れる日常。そこに尾崎や矢島の“力”を知っている者はいない。そして、横田のことも。何も変わらない日々に起こる出来事。それはある日常のこと。
終
日常は平等じゃないことを、長瀬寧々は恨みたくなる。自分の世界は、身動きの取れない狭い空間でしかないことに。
目に見えない魔物に、自分の日常を喰われるんだと。
「あれ? 長瀬はどうした? 前の時間はいたんだろ?」
細い隙間から見える先で、担任が出席を取り、自分の不在を怪訝に気にしていた。
しかし、長瀬は返事をしない。できなかった。
教室の後方のロッカーの一角。窓際から三番目のロッカー。その中に長瀬はいた。
閉じ込められていた。
だからこそ、返事をさせてもらえなかった。
「まったく。黙って帰って、何を考えているんだ」
「なんか、電話に出て、急に帰ったよ」
憤慨する担任に、一人の女子生徒が助言する。ただ、言葉の節々に笑いを堪えているのが、長瀬には感じられた。
ロッカーの中で悔しさから両手を強く握り、奥歯を噛み締めた。
平然と話していたのは江川絢。長瀬をロッカーに閉じ込めた張本人であった。
「なんか、急用だったんじゃない」
ここにいる。
震える手を上げ、ロッカーの扉を叩きたかった。しかし、それはできず、体を硬直させるしかない。
報復を恐れて。
まるで、アパレルショップの倉庫の奥に押し込められたマネキンのように、長瀬は息を殺した。
静かに時間が流れるのを願い、目を閉じ、暗闇の中に身を投じた。
長瀬は江川からイジメを受けていた。
理由は分からなかった。以前、悔しさに涙を堪え、尋ねたことがあった。無慈悲に頬を叩かれ、勢いに負けて倒れ込んだとき、助けを請うように江川を見上げて。
「理由なんてないわよ。ただムカつくから。それが理由。なんだろ、あんたの顔を見てると、気持ち悪くなるのよ。なんか、イライラして。まるで、顔を叩かれているようで。もしかしたら、前世でなんかあったのかもね。って、そんなことないか。ま、大切な何かを奪われたみたいでムカつくのよ」
理不尽にイジメられることに憤慨しながらも、江川の高圧的な雰囲気に打ちのめされ、長瀬は恐怖で反抗できず、縮まるしかなかった。
息を殺し、じっと時間が流れるのを耐えていると、扉の先のざわめきが静まっていた。ホームルームが終わり、みんな教室を出たらしい。
耳を澄まし、教室に誰もいないのを確信して、胸を撫で下ろすと、息を大きく吐き捨て、目を開いた。
ようやく解放される、と安堵したときだった。
ドンッとロッカーの扉を誰かに乱暴に叩かれた。
江川が戻ってきたのかと、長瀬は肩をすぼめた。また辛い時間が訪れるのでは、と息苦しくなってしまう。
「……助けてあげようか?」
思いがけない声に、長瀬は困惑した。どこかで聞き覚えのある男子生徒の声に。
「その声、もしかしてーー」
「なんだったら、消してあげるよ」
「ーー消す?」
「そう。君が憎んでいる奴を、消すことができるよ」
「削って…… 殺すこと?」
「まぁ。そういうことだよ」
「そんな……」
「江川を消してあげようか?」
了
この章は、最初の「序」と対になる話となります。ここに出る二人、長瀬と江川。この二人は、尾崎らと直接関わることのない人物でありながらも、物語としては大きく関わるようにしようと考えていました。
今回の作品はいろいろと反省しなければいけない部分があったな、と思っています。もっと勉強しなければいけませんね。最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。




