参 ーー “力”の先にあるもの ーー (4)
横田の目的を探る尾崎たち。その反面、尾崎たちの行動に疑念持つ横田。互いの目的を探るなか、どちらの行動が先手となるのか。よろしくお願いします。
5
「ねぇ、横田くんの目的ってなんだと思う?」
翌日の火曜日の放課後。屋上で鉄柵に凭れながら、尾崎は矢島と考えを巡らせていた。
矢島の疑問に上手く返事ができない。
「お前が杉浦に電話したとき、姫香って名前を聞いたあいつの目つきが変わったんだ。なんだろう、それで周りを気にしていた。もしかすれば、姫香って名前に反応したのかも」
あらためて昨日の教室での出来事を思い返していると、横田の考えが見えそうで、見えなかった。
「やっぱり、“力”を知られたくない、とか? だから姫香って子が病室にいると思って、慌てて病室に来たってことなのかな」
「それって、姫香を捜しているの? でも、横田くんが姫香って子を消したことになるでしょ、多分。だったら」
「だから慌てた? その子を確認しようとして、ううん。もう一度消そうとして」
明確なものがやはり見えず、堂々巡りになってしまう。
「でも、それだと私も危ないよね。あの病室の前にいるってことは、私も彼女を知っていることは気づかれているだろうし」
まるで冗談めいて話す矢島が逆に、尾崎の背筋を凍らせた。
「やっぱり、危険だったか……」
焦りから軽率な行動を取らせてしまい、尾崎は頭を抱えてしまう。できればもっと、時間をかけて計画を練るべきだったのかもしれない。
「ねぇ、尾崎くんは、その“力を”を使う目的みたいなもの、ある?」
「目的? なんだよ、急に」
「だって、横田くんって電話の話を聞いて急に出てきたでしょ。そこまで必死になるってことは、それなりの目的があるだろうから、そう考えると、尾崎はどうなのかなって」
尾崎は不意の問いに、顎に手を当てて黙り込んでしまった。実際、考えたこともなかったので、すぐには浮かばなかった。
「そういえば、杉浦も言っていたな。野村が望んでいることがあるって。やっぱり、みんな考えがあるのかな。お前は?」
矢島に問い返すと、矢島は呆気に取られた様子で、髪を撫でた。
「前に言ったじゃない。私はこの“力”を憎んでいるって。だから、目的じゃないけど、願いみたいなことは、あるかもね」
矢島はそこまで言い、髪の毛の先端を掴み、髪の傷みを気にする素振りを見せた。
「なくしたいのかな、この“力”を」
こぼすよう呟いた声は、予想以上に尾崎の胸を貫いた。
「……望み、か」
矢島の望み。野村の望み。姫香の望み…… そして、杉浦の望み。
尾崎は左の耳たぶを掴み、空を見上げた。今日の天気は移り変わりが激しいらしい。昼休みには太陽が燦々と照らしていたが、今は重い雲が空一面を泳いでいた。
「そろそろ考えないといけないのかな……」
6
「矢島には別の“力”がある。ならなぜ、わざわざ病院に? 自分の“力”を守るためなら、僕の前に出る必要もないはず」
矢島の未知なる“力”をどう奪うべきか、思案する中、矢島の不可解な行動に横田は首を捻る。
ノートに矢島らの相関図を書き、
「そういえば……」
矢島、杉浦、野村。そして児玉姫香の三人に、新たに名前を加える。
尾崎飛鳥と。
「最近、こいつも矢島と杉浦とよくいるよな。昨日も矢島とどこかに消えていたし……」
あの電話の光景を思い出していた。あのとき、尾崎も教室にいた。杉浦が電話にでたとき、反応は薄かった。
「いや、待て」
尾崎と書いた名前にシャーペンを突きつけ、メガネのブリッチを直す。
「あのとき、もしかすれば、僕を警戒していたのか? 児玉がいると聞いて、どう動くのかを。電話の相手は矢島だろうから…… なら、こいつも仲間だな。それじゃ」
尾崎の名前の下に二重線を引き、強調させた。
「なら、なぜ矢島は僕を病院に誘き出しても、病室に入れなかったんだ?」
ノートに書いている野村。姫香の名前を眺める。二人の間には“友達”と事柄を加えてある。それを睨み、目を離せなかった。
「野村は“力”を持つ児玉と友達だった。なら、奴の“力”を知っていてもおかしくない」
そこで視線を泳がせた。
「もしかして、あいつにはもう一つの“力”があって、それを野村に譲った? それが矢島と同じ“力”? でも、あの状況で“力”を譲ることは…… ない、とは言えないよな。なら、野村もその“力”を持っている可能性があるってこと……」
彷徨っていた視点の焦点が定まり、シャーペンのペン先を野村の名前に突き立てた。
「あのとき、自分を守ったんじゃない。守っていたのは…… 野村か」
不可解な矢島の行動に納得して、ベッドの淵に凭れ、天井を見上げた。
それでもまだ疑念は残る。
「右手に“力”を宿した野村と矢島。左手の“力”は僕。児玉の“力”が野村と僕に。なら、矢島の対になる“力”は……」
水曜日の朝。普段とは違う異様な頭痛に、横田は睡眠を妨げられ、目を覚ました。
飛び込んでくる天井が霞んでいた。視力が悪く、普段からぼやけているが、今はそれを越えている。
さらに襲いかかる頭痛。普段との違いに異変を感じ、体を起こした。
そこで、左の頬に冷たい何かに気づいた。
恐る恐る頬に手を添えると、指先が濡れた。
「泣いていたのか?」
自問してから、手を顔の前に移す。すると、指先は青く濡れていた。
青い涙を流していた。
涙はとても冷たかった。
「誰を殺した? 僕がか?」
青い涙の意味を理解した瞬間、動揺から辺りを忙しなく見渡した。自分の部屋に変わった様子はない。
「落ち着け。“力”を使ったのは誰だ? 誰を殺す必要がある? 僕の邪魔な奴…… それは。児玉なら知っている」
脳裏にどこかの光景が浮かんだ。どこだかは分からない。でも、そこは広い空間。学校の教室。あるいは病院?
そこで一人の輪郭が浮かんだが、はっきりと姿は現れてくれない。
明確に現れてくれない人物に苛立ち、慌ててベッドから起き上がると、部屋を忙しなく探り、ローテーブルの上にあった、ICレコーダーを見つける。
すぐに手に取り、再生ボタンを押した。
横田にとって、それは習慣になっていた。
自分にとって重要、必要だと感じる会話を録音し続けること。そして、誰かを“力”で殺したとき、殺した人物を忘れてしまう副作用をこれで補っていた。
姫香の“力”を欲したときから続けていたこと。だから、横田は誰を消していたのか、確認して理解していた。
記憶に失われていた人物に関する会話を再生させる。すると、砂時計の砂が落ち、積もっていくように、記憶が再生されていく。
『右手に宿る“力”は……』
昨日の夜、自身で巡らせていた考えを聴き直し、しばらくリピート再生していると、崩れ落ちていた欠片を積み上げていった。
『……矢島の対になる“力”は…… おそらく、尾崎』
ICレコーダーの停止ボタンを押す。
「僕は誰も殺していない。おそらく、殺したのは尾崎だな。あいつ、最近矢島とよく喋っていたからな。おそらくは、僕が右手の“力”を狙っているのに気づいたな、多分。だから、あいつを殺したんだ……」
青い涙を拭いもせず、口元を手で覆い、左手でICレコーダーをクルクルと回した。
記憶は確かに消えていた。それはおそらく尾崎が誰かを殺した証拠であろうと、横田は確信した。
目的は矢島に姫香のことを知られたと思ったから?
もしそう思われているなら ーー
メガネのブリッチを直しながら、笑うのを必死に堪えた。
「ーーっと、すいません」
病院の廊下を足早に歩いていたとき、横田は誰かにぶつかり、少しよろめいてしまう。
振り返ると、フードのついたグレーのスウェットを着た、入院患者らしい人物が、フードを深くかぶりながら頭を下げ、気まずそうに去っていく。
遠ざかる患者に舌打ちを浴びせ、睨みつけるが、患者は気づかずに去っていく。
殺すか、と左手をポケットから出したが、辛うじて理性が手を押し留めて、踵を返してエレベーターホールへと向かった。
エレベーターに乗り、五階に着くと、横田の足はより早くなる。
消毒液の臭いを鼻から大きく吸うと、自然と頬が綻びそうになる。
「……僕の狙いは“力”だから、野村なんだよ」
尾崎の対策は失敗だったと嘲笑しながら、悠然と進み、野村の病室の扉を開いた。
野村は話では植物状態。殺すための手順は病室に入ってからでも遅くない。
「……思った通りね」
聞き覚えのある女の声に、横田の足が病室に踏み込んだところで止まる。
もう聞くことはないと思えた声に。
「……矢島。なんでお前が」
横田は足が竦んでしまう。ベッドに腰かけた矢島の姿を見つけて。
強張る足を強引に病室に入れるが、動揺は治まらない。
矢島は制服姿で、目尻をつり上げながら横田を睨みつけていた。
横田を軽蔑した冷酷な眼差しで。
「お前、死んだんじゃ」
思わず声が漏れると、矢島は狡猾に口角をつり上げ、髪を掻き上げた。
「変なことを言うのね。“力”を使ったら、誰を消したのかは覚えていないはずなのに」
失言だと、眉間にシワを寄せたが、舌打ちだけは堪えた。
目線を動かし、情報を拾う。少しでも上位に立たねば、矢島を上回ることはできない。
だが、ベッドを捉えたとき、目を疑った。
ベッドには野村の姿がなかった。ベッドは整理され、掛け布団は折り畳まれて足元に置かれていた。
まるで、今までこの病室が使用されていない様子のベッドに、矢島は座っている。
「野村は?」
咄嗟に訊くと、今度はフッと息を吐き、矢島は少し伸びをした。どこか、この問いかけも予測済みといった矢島の態度に、横田は苛立ちを隠せず、奥歯を噛んでしまう。
「どうして、野村さんを知っているの?」
「ーーはぁ? だって、あいつと僕は中学が」
「野村さんは“力”によって消えたわ」
分かり切ったことを言う横田に、矢島は静かに反論した。
「消えた…… 殺したのか。なら、なんでお前も覚えているんだ」
ここでようやく、矢島より上位に立てると、強気に発した。
「あなた、やっぱり私とは違うのね。私は最後の夢を見ていたからね」
「ーー夢?」
またしても、勝ち誇ったように矢島は微笑む。
「やっぱりね」
やはり、敵として現れる人物には、尾崎らよりも優位に立つ方がいいと考えていました。そんななか、横田が青い涙を流す。それが示すこと。そして、横田についての謎は、次第に分かってきますので、今後も楽しんでいただけると幸いです。




