参 ーー “力”の先にあるもの ーー (3)
横田という人物。それは過去において、姫香のことを知る者。過去に二人に何があったのか。姫香に会ったことで、横田は何を考えたのか。その上で、尾崎らにどう関わっていくのか。よろしくお願いします。
3
放課後の教室。誰もいなくなった中、メガネを机の端に置いて突っ伏していた。グランドや廊下の先でざわめきが聞こえていたが、起きる気になれなかった。
「あれ、帰らないの?」
誰かに声をかけられ、体を起こした。眉間を指圧してからメガネをかけ直すと、声のした横を見た。
机の横には、児玉姫香が立っていた。
「うん。ちょっと、帰りたくなくて」
「帰りたくないの?」
「まぁね」
普段は目立たず、大人しめの児玉姫香。背中まで伸ばした黒髪が印象的で、そのせいか、凛としたイメージを抱いてしまい、あまり話す機会はなかったが、この会話が姫香との話すきっかけだった。
「……消してあげようか、それじゃ」
「消してくれるなら」
4
「ねぇ、そんなに辛いなら、私がなんとかしてあげようか?」
「なんとかって、どうするんだよ」
「あなたが消えてほしい人を、私が消してあげる」
「消すって、どういう意味だよ?」
「簡単に言えば…… 殺すってことね」
「殺す……」
「本当は使いたくないんだけど」
「なら、一人いる。殺してくれ」
『私を殺す気だったら、止めておくべきね』
『お前、なんでそれを?』
ICレコーダーを再生させる中、数年前の会話が、矢島の声に混じって脳裏に流れていた。
あの日、児玉姫香から人を殺す“力”があり、それを使い、憎い奴を殺してくれたあの“力”を。
憎むべき兄を。
世界において、憎むべき人物を挙げるなら、と問われれば横田大和は、実の兄を迷わず挙げる。
二歳年上の兄は、学校ではそれなりの信頼もあったらしい。だが、家庭では我を押し通す傍若無人なところがあり、単純にいえばワガママで、気に入らなければ、不満をぶつけるように、暴力に走る最低の人間であった。
学校と家庭。二面性のある典型的な人物で、横田は嫌悪感に押し潰され、同じ血が流れていることに嫌気があった。
兄と同居する自宅にさえ、自分が暮らすことすら嫌だった。夕刻、兄がいなくても、兄の陰が残る家にいるのが嫌で、用事がなくても学校の教室に残っていた。
そんなときだった。児玉姫香が話しかけてくれたのは。
数日後、兄は“力”のお陰で死んでくれたが、開放感なんて何もなかった。死ぬだけでは拭えないほど、罪悪感が残っていた。
開放感が訪れたのは、数日経ってからだった。
それからやがて……
姫香の“力”がほしい。と思えるようになった。
そして、“力”を奪った。
嫌な過去を引きずり出され、横田は停止ボタンを押した。スティック状のICレコーダーで顎を突きながら、考えてしまう。
「なんで、矢島は僕を止めたんだ?」
自分に問いながら、ベッドに飛び込み、天井を見上げた。
兄が死に、横田の家族は一人減ったのだが、不思議とそれ以前の生活基準は保たれ、何不自由なく、暮らしていた。
忘れたいことを脳裏にかすめ、横田は舌打ちをして、意識を戻した。また顎にICレコーダーで突きながら。
「あれは誰かを守るためだったのか?」
「誰のために? あのときの電話は矢島だったのか? それなら杉浦を守るため?」
教室での杉浦の姿が浮かぶ。
「いや、待てよ」
まっすぐに考えが進んでいたが、そこで奇妙な違和感が邪魔をして、動きが止まる。
横田は鼻頭を左手でさすりながら、視線を泳がせた。どこかに落ちている答えを探しながら。
「もし、杉浦を守るなら、学校にいたはず。じゃぁ、守りたかったのは……野村か。ん?」
そこで体を起こし、ベッドの上で胡座を組み、またICレコーダーを再生させた。
『やっぱり、横田くんだったのね』
そこで停止した。
病室の前で矢島に会い、発せられた第一声。横田はメガネをテーブルに置き、舌打ちをしながら頬を歪めた。
「やられた。あいつ、僕が“力”を持っているのを疑っていただけなのか。だから、あのとき、「やっぱり」って。それなら、あの電話もわざとってことかっ。クソがっ」
まんまと誘き出された。 苛立ちで後頭部を壁にぶつけた。
「まぁ、“力”を持っているってことなら」
あのとき、矢島は右手をかざした。
「ーーん? なんで右手なんだ?」
そこで左手を天井にかざした。
相手を殺す“力”は左手に宿るはず。それなのに矢島は右手を出していた。あのとき、消火栓に右手をつけていたのに。
「偶然? ただ利き手を出しただけなのか? いや、こいつは特別な“力”だ。それなら、間違えることなんてないはず」
天井に掲げた左手を何度も握る。そのまま目蓋を閉じ、辺りの雑音を遮断させると、考えを巡らせた。
「もしかすれば、あいつは右手に“力”を持っていることなのか? そ!は僕の持っている“力”とは違う何か」
狡猾に唇をつり上げる。
「面白いな。もしそうなら……」
そこで右手も掲げ、天井に向けて両手をギュッと力強く握った。
「ほしいな。その“力”」
横田は“力”を欲する人物として出現させました。それは、尾崎と対照的な存在とさせるためです。考え方が違えば、“力”の使い方にも反映することになっていきます。今後も楽しんでいただければ幸いです。




