参 ーー “力”の先にあるもの ーー (2)
新たに現れた横田と矢島との攻防のとき、尾崎らは何をしていたのか。そして、なぜ尾崎らは横田の存在を知って、矢島が待ち構えていたのか。よろしくお願いします。
2
タイミングが悪く、エレベーターは一階を昇り始めたところだった。上階から呼ばれたらしく、尾崎は杉浦とともに、エレベーターを諦め、隣の階段に体を向けた。
不思議と、急がねばいけないと、胸の奥が騒いでいて、息が苦しかった。それは杉浦も同じらしく、「うん」と頷いて階段へ走った。
五階に到着して、エレベーターホールの前を横切り、ナースステーションを曲がる。
ばたばたと足音を立てて廊下を進むと、ちょうど、野村の病室の前で崩れ落ちて、肩から消火栓に凭れるように、座り込んでいる矢島がいた。
「矢島っ」
尾崎の呼び声に、矢島は頭を抱え、髪を掻き上げながら顔を上げた。
二人の顔を見て安心したのか、大きくため息をもらした。
疲労困憊といった様子で、ぐったりとしていた。
「大丈夫かっ」
「恐かったわよ。ギリギリなんだから」
しゃがみ込み、声をかける尾崎に、矢島は苦笑で返した。そこでようやく、尾崎の肩を借りて立ち上がった。
「ったく、無茶しすぎだよ」
「でも、やるだけのことはあったわよ」
立ち上がった矢島は目を細め、自信ありげに尾崎の顔を伺った。
「やっぱり、横田くんだった」
「やっぱりな……」
名前を放つ矢島につられ、尾崎の顔は強張った。
「だから、無茶しすぎなんだって」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
二人で話を進めて納得していたが、どこか置き去りになっていた杉浦が、困惑を隠しきれずに両手を見せて制止する。
「それで、どういうことなんだ?」
「分かったわ。“力”を持っているのが横田くんだって」
横田大和。
尾崎ら三人と同級生で、同じクラスの奴だった。
目が悪いらしく、普段からメガネをかけていた。
クラスではあまり目立たなかったが、時折、誰にも容赦なく毒を吐く怖さもある人物で、陰では軽蔑する人物もいた。
「最初から横田を疑っていた?」
矢島の気持ちを落ち着かせようと、休憩所にたある自販機でジュースを買い、野村の病室に入った。
杉浦は相変わらず野村の分も買い、病室に入った。
杉浦の疑問に、コーヒーを一口飲んでから尾崎は頷き、ふっと息を吐いた。
そこでベッドに眠る野村を見た。
「前に、野村さんを誰も覚えていないってお前、言っていただろ。それで僕、学校で訊いたんだ。ちょうど、豊田に訊いたときに」
そこで一度口を噤んだ。野村を忘れている、と伝えるのは気が引けたから。
しかし、進まなければならず、口を開く。
「それで、豊田は野村さんをあまり覚えていなかったんだ。でも、そのとき、横田が僕の席のそばを通ったときに、豊田が声をかけたんだ。そうしたら、あいつ言ったんだよ。「野村って、児玉と仲がよかった奴だろ」って。それで」
「ーー待って。なんで、それで?」
「気づかない? 変だって」
矢島に指摘されて、杉浦はしばらく考え込み、何かに気づいたのか、「あっ」と声をもらした。
「あいつ、なんで姫香の名前を?」
驚いた杉浦は、尾崎と矢島の顔を交互に見比べ、手にしていたコーラの缶をギュッと握った。
「ずっと引っかかっていたんだ。それで、誰かを消す“力”を持っている奴がいるって分かったとき、もしかしてって、横田を疑ったんだ。けれど、自信がなくて」
「でも、それだけじゃ」
話が信じられないのか、丸椅子に座った背中を反らした。
「でも、悪かった。野村さんを危険にさらして」
「まぁ。それは。なんか、このままじゃダメな気がしたんだ。お前らの言う通り、“力”をもてあそばれるのって嫌だし」
「本当にごめんなさい」
「いいんだよ」
心配した矢島が声をかけたが、それを遮断するべく、強い口調で頷いた。
「……いいんだよ」
今度は自分を言い聞かせるように、静かにこぼした。それは、杉浦なりの覚悟に見え、それ以上、尾崎も矢島も何も言えなかった。
「どう思う? 横田くんはまた来ると思う?」
矢島の問いには、尾崎も答えられなかった。
小さな違和感。それが尾崎の心の片隅に残っていて、横田の存在に気づくのですが、話の序盤に実は一瞬でていたのですが、ちょっとだけ出現させたいと思っていました。余談ではあるのですが、矢島も本格的に関わる前に、名前だけは出していました。ちょっとした遊びとして二人を出していました。その辺りを楽しみながら、この先も読んでいただければ幸いです。




