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青い痛みの先に  作者: ひろゆき
16/23

参 ーー “力”の先にあるもの ーー (1)

 その日、ある出来事が起きます。それは、“力”に関係する尾崎らにとって、大きな行動になります。そして、それは野村と姫香の過去にも繋がっていきます。よろしくお願いします。

              1



「……姫香に会った?」

 奇妙な会話を耳にしたのは、放課後だった。

 今日中に提出しなければいけない数学のプリントがあったが、数人が出すのを忘れて、放課後、教室に残りプリントを作成していた。

 これを出せば仮にテストで赤点を取っても、考慮してくれると、数学の担当の教師が言ったので、みんな是か非にも提出に力を入れていた。

 皮肉なのは、作成とは名ばかりで、互いの答えを見せ合わせて空欄を埋めていっているだけであったのだが。

 その中に杉浦がいた。ここ数日、杉浦は学校を休んでいたので作成が遅れ、今に至るらしい。

 そんな杉浦が、突然鳴り出したスマホに出ると、何度かの受け答えの後に、児玉姫香の名前を出したのを聞き逃さなかった。

 児玉姫香。

 左手に人を殺す“力”を持った人物。いや、持っていた人物。その“力”を奪い、殺したはずの人物が現れた。

 聞き逃すわけにはいかない。

「七瀬の病室でって、そんな」

 困惑気味に会話を続ける杉浦。それを遠くから眺め、会話を整理する。

 死んだはずの姫香が現れた。七瀬とは、中学のときに自殺未遂をした野村七瀬。そして、会話をしていた杉浦は、確か野村の恋人。

 野村は今も入院しているはず。そこにあいつが現れた? ーー

 数学の提出物も捨てがたかった。情けない話だが。いつも赤点のボーダーライン辺りを彷徨っていたので。

 しかし、今はそれどころではない。

 机の上に広げていたプリントを忙しなくカバンに仕舞い、足早に病室に急いだ。



 野村の病室は覚えていた。

 以前に一度だけ病室に向かったことがある。姫香を殺し、その後に野村が自殺をしたが、姫香のことを何か知っているのかを警戒して訪れたことがあった。

 でも、そのときは杉浦が病室にいるのに気づき、引き返した。だから、直接野村に会ったことはない。

 病院の独特な消毒液の臭いは好きだった。人の死が背中合わせになっている場所の臭い。

 エレベーターが五階に着き、エントランスに出ると、不明な緊張感を払うために、鼻から消毒液の臭いを吸い込んだ。

 できるだけ目立たないように、うつむき加減に廊下を歩く。ナースステーションの角を曲がりかけたところで、一歩、足が竦んでしまった。

「……しまった」

 足元を眺めると、今は制服姿であることに気づいて、後悔に頬を歪めた。

 一度家に戻り、着替えた方が賢明であった。普段から制服に着慣れているせいもあり、油断していた。

 病院で制服なのは、ある意味目立ってしまう。ましてや入院病棟。制服姿なら、「見てください」と言っているようなもの。

 ちょっとした不注意に苛立ちながら踵を返すが、すぐに思い留まる。

 ここで帰れば、かえって目立ってしまう。

 大丈夫だ。野村を確認してすぐに帰れば問題ない ーー

 悩む足に言い聞かせ、鼓舞させて病室へと進んでいたときだった。

「やっぱり、あなただったのね、横田くん」

 突然呼び止められ、驚愕して足を止めると、恐る恐る顔を上げた。

 視力が悪く、目を細め、メガネ越しに注意してみると、廊下の先に、同じ学校の制服を着た、女子高生が顎を上げ、誇らしげに立っていた。

 横田大和を睨みつけて。

 視線を動かせば、野村の病室の前。向かいの消火栓に右手をかけて立っていたのは、同じクラスの矢島弥生だった。

 なぜ矢島が? こいつは中学が違って、野村との接点はないはず ーー

 矢島の姿に疑念が脳裏を駆け巡る。

「矢島、なんでお前が?」

「待ってた。っていうのは変かな」

 メガネのブリッチを、左手の指で直して、矢島を睨みつける。矢島は敵意を軽くあしらう。

「野村さんになんの用?」

「お前こそ、野村と知り合いなのか?」

 互いに牽制してぶつかる。ここで黙ってしまえばダメだ、と悠然と立つ矢島を伺いつつ、当たり障りのないことを言った。

 だが、このままでは壁になっている矢島が邪魔になる。もしかすれば、電話をしていた杉浦が病室に来るかもしれない。

 急がないといけない。

「杉浦への電話、もしかしてお前だったのか?」

「だったら、どうする?」

 危険ではあったが、一歩踏み込んでみると、矢島に含み笑いを返上され、横田の背筋に危険だと悪寒が走り、警告する。

「なら、児玉姫香のことも」

「やっぱり、知っているんだ」

 やっぱり ーー

「それはーー」

 こちらが後手に回るわけにはいかないはずなのに、立ち塞がる矢島の自信にも似た気迫に、こちらが一歩引き下がりそうになる。

「野村さんを殺しに来たの? その手で」

 奥歯を噛み締め、息を呑んでしまう。やはり、知られているみたいだ。

 横田はズボンの左右のポケットに入れていた手を出し、おもむろに腰の後ろに回す。右手にはまち針を持って。

 別にカッターみたいな大きな刃物を使う必要などない。少し人差し指に傷をつければいいだけのことなんだから。

 矢島との距離を測る。手を伸ばしても届かないが、踏み込めばいい。後は手順を踏んだ左手で矢島に触れれば、それで矢島を止められる。

 今すぐ、には無理だが動揺を誘い、隙を作ることはできる。

 右手に持った針の先を、体で隠しながら左手の人差し指に触れた。

「私を殺すつもりなら、止めておくべきね」

 冷ややかな口調で矢島が割り込む。

 横田は体をビクッと強張らせ、動きを止めた。

 苛立ち、焦り、困惑。

 いくつかの感情が混じった眼差しを矢島にぶつけると、矢島は軽蔑、見下しといった敵意に満ちた眼光を橫田に注いでいた。

 これまで矢島はクラスでも温厚なタイプに見えていたが、今の気迫に気負ってしまいそうになり、さらに橫田は奥歯を噛んだ。

「お前、なんでそれを?」

 感情を押し殺して問い質すと、矢島は消火栓から右手を放し、得意げに仰け反ってみせた。

 隙を探すしかならない。もう少し話を伸ばして油断をさせて。

「止めておくべきね。あなたが、その手で殺そうとするのなら、このボタンを押すわよ」

 矢島は警告しながら、消火栓の上にある、非常ボタンに右手の人差し指を添えた。

 横田が睨みつけると、ボタンを強調するように、指に力を入れていた。

「私を確かに消せるかもしれないけど、これを押せば、看護師、入院患者、いろんな人がここに集まるわよ。騒ぎになってもいいの? そうなれば、あなたも分が悪いでしょ」

 舌打ちをして、仕方なく後ろに回していた手をポケットに戻した。

 まだ傷はつけていない。それでも、まだ針を持ったままで。

 隙があれば狙う。

「お前、全部知っているのか?」

 抑揚を押し殺し、横田は問う。矢島はボタンに手を触れながら、なんの反応を見せなかったが、横田にはそれが答えに見えた。

 すべてを知っている、と。

 動揺を悟られまいと、メガネのブリッチを左手で直す。そしてまたは左手を後ろに回した。

「それにーー」

 どう隙を作るか模索していると、矢島が話を先に進める。

 そこで押しボタンから手を放した。

 今だ、と頬が引きつった。今なら、と右手のポケットから針を取り出す。

「私を消すまでに、あなたを消せるから」

 横田が後ろに手を回したところ、矢島がおもむろに右手をかざした。

「あなたなら、この意味が分かるでしょ」

「ーー“力”か」

 矢島の牽制は横田を惑わせる。

 ここは引き下がるべきかもしれない。矢島の行動を考えると。

「……分かった」

 疑問も不安も残る。しかし、深追いは危険すぎる。

「……じゃぁな」

 横田は体を反転させ、足を進めた。

「……“力”を持ってる。矢島もか」

 エレベーターホール。エレベーターを待ちながら、苛立ちの中、疑念を強まらせた。

 新たな人物の出現。ちょっと、唐突すぎたかもしれませんね。それでも、病室の前での攻防をさせたかったので描きました。まったく関係ない人物に思われますが、姫香の存在を知ることが、大きく関わっていくことになります。今後ともよろしくお願いします。

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