弐 ーー 杉浦の想い。野村の存在 ーー (8)
なぜ、姫香の存在を杉浦は知っているのか? いくつかの矛盾が生まれていくなか、望まない疑問が生まれ、尾崎らを苦しめることなのかもしれません。よろしくお願いします。
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杉浦は難しい表情で頷いた。
「僕の場合、こいつから聞いたんだ、姫香のことは。最初は実際、忘れてた。けれど、七瀬から聞いていくと、次第に思い出してきたんだ。こいつは覚えていたみたいだけど」
少しでも疑念を消したかった。そこで一番早いのは、杉浦に事情を訊くのがいいと、病院に矢島と訪れていた。
学校を休んでいた杉浦であったが、制服姿で病室にいた。
「ねぇ、これって私たちの憶測なんだけど、野村さんって、誰かを消す“力”じゃなくて、助ける“力”を持っていたんじゃないの?」
確信を突いた質問に、杉浦は一瞬たじろぎ、しばらく野村の様子を伺ってから、黙ったまま頷いた。
「じゃぁ、もしかして」
恐る恐る先を促そうとするのだが、やはり躊躇してしまう。
「おそらく、君らが考えているのは当たっているよ。姫香は七瀬に右手の“力”を譲る前に、左手の“力”を奪われている。それで“力”を利用されて殺されたんだ」
頭によぎっていた内容を、淡々と杉浦は話す。
抑揚を押し殺した冷たい口調が、より残酷さを強調しているように聞こえてしまう。
「やっぱり。だから、みんな姫香って人のことを知らないのね」
黙り込む尾崎に対して、矢島は腕を組み、険しい表情で納得した。
「そう。だから、“児玉姫香”って子は消えてしまったんだ。おそらく、姫香を覚えているのは七瀬と、七瀬から事情を知らされた僕だけ」
そこで黙ってしまった。野村の恋人である杉浦にとって、姫香という人物とも親交が深かったはず。杉浦の心境が複雑なのは、尾崎も見て取れた。
「そうだ、尾崎」
辛いことを訊いてしまったと、顔を伏せていると、杉浦は尾崎を呼ぶ。伏せていた顔を上げると、尾崎は胸をえぐられたような痛みに襲われてしまう。
杉浦の無言の訴えに苦しくなって。
ーー もう限界なんだ。
「……ゴメン。この前の話はやっぱり」
杉浦の顔を見るのがやはり辛く、また顔を背けた。
「いいんだ」
足元を眺めていた視線の先に、杉浦の重い返事がのしかかった。
病院の帰り道。今もまだ杉浦の言葉を肩に乗せて、重い足を動かしていた。
日もすっかり落ち、車道を走る車のヘッドライトの明かりが、歩く尾崎の姿を照らしていた。
「ねぇ。“力”を奪った人の目的ってなんだと思う?」
「ーー目的?」
「だって、そうでしょ。考え方によっては、すごい能力なんだよ」
そこで足が止まった。
「それに、姫香って子を殺してまで“力”を奪っているのよ」
「考えられるのは、楽しんでいるだけかも」
一番最悪だと思えることが口を突いて出てしまった。軽率だと後悔してしまったが、矢島も否定をしない。もしかすれば同じ考えを持っていたのかもしれない。
「でも、それじゃ、なんで私たちの前に現れないの?」
髪を掻き上げ、率直な疑問を投げられた。
「だってそうでしょ。私たちは、ちょっとした異変に気づいて、こうして話しているのよ。青い涙や、杉浦くんのことで」
指摘されて確かに、と疑ってしまう。
しばらく黙ってしまった。
「もしかしたら、分からないのかな。僕たちのことも。僕らは、青い涙や夢の状況で知ったけど。相手は何かがないとか」
「夢を見ていない、とか、青い涙を流していないってこと…… それって、私たちと根本的に何かが違うってこと? それって、何?」
しばらく考えてみた。これまでの状況。杉浦との会話。野村に体する印象などを。
「僕らは“力”奪ったり、譲ってもらっていないから?」
重い当たる節を言ってみたが、納得はできず、疑問で終わってしまう。
「そもそも、“力”を譲る。っていうのが分かればいいのだけど」
「誰かに訊くにしても、杉浦もこれ以上は知らないだろうし。あとは野村に……」
「……でも、野村さんは」
ベッドに眠る姿が浮かび、微かによぎった方法を掻き消そうとしたが、フードをかぶった野村の姿がよぎる。
「夢で会えば…… でもそれは」
可能性として、夢の中の野村を上げたが、すぐになぎ払った。故意にこちらから夢で会おうとすることは。
誰かを消すこと。
隣で聞いていた矢島も、それは理解しているのか、何も答えない。矢島もそれは望んでいない。
「でも、楽しんでこの“力”を使っているなら、絶対に止めたいし…… それなら……」
思考の隅にある何かのざわめきを、かき消そうとするのだが、弱々しく尾崎を訴え続ける。
「ったく。その相手さえ分かれば、こんなに悩むことはないのにっ」
「……誰なのか」
もう限界と訴える杉浦の言葉に悩む尾崎。そこに見えない存在が現れてしまいます。それは、尾崎が恐れていた行動に関わらなければいけないのかもしれません。今後、尾崎らの行動を気にかけていただければ幸いです。




