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青い痛みの先に  作者: ひろゆき
13/23

弐 ーー 杉浦の想い。野村の存在 ーー (6)

 教えられるのは、“力”を手に入れたための恐怖。そして、これまで名前として出ていた姫香のことについて語られることになります。よろしくお願いします。

              7



 目の前に野村がいた。

 正直、ベッドに眠る野村の姿しか見ていなかったので、尾崎は奇妙さを拭えずにいた。

 以前、一度起きている姿を見たが、それは夢での出来事であり、まだ曖昧に感じてしまう。

 だからこそ、今が同じ夢だと理解していても、落ち着かなかった。

「ここにいるってことは、僕はまた誰かを消してしまったのか?」

「さぁ。どうでしょう。でも、もし、そうならば、そこに座っているのはあなたじゃなくて、消された人なんだと、私は思うけど」

「……そっか。それなら一安心だな」

 夢の中、いつもの真ん中の席に座る尾崎。机の前には、いつものパーカーを着た彼女が前の席に座り、素顔をさらしていた。尾崎を不敵に笑う野村七瀬が。

 野村の指摘に、尾崎はホッと胸をなで下ろす。

「あなたって、意外と慎重なのね」

「いいよ、素直にヘタレだって言ってくれて」

 野村の気遣いに、尾崎は嘲笑してしまう。すると、野村は小さくかぶりを振る。

「……私も一緒よ。私も“力”を手に入れたとき、正直怖かったから」

 野村は両手の掌を広げ、寂しげに眺めていた。

「……手に入れた? お前、どうやって“力”を手に入れたんだ?」

 野村の発言に、尾崎はハッとして顔を上げると、野村は「何?」といった様子で瞬きを繰り返していた。

「違うの?」

 手を下ろし、身を乗り出して訊いてくる野村。よほど信じがたい様子でいる中、尾崎は頷いた。

「……僕の場合、気がついたら、もう“力”を持っていた。まぁ、“力”を使ったのかは覚えてないんだけど」

 そこで左手を眺め、“力”を皮肉り、不意に野村の顔を眺め、

「お前は違うのか?」

 自分とは違う境遇に聞こえ、問い返した。だが、野村は何も答えず窓の方を眺めた。

 つられて窓を眺めると、戸惑ってしまった。それまでに何度か夢でも外を眺めていたはず。そのときは普段と変わらない空が見えていたのだが、今は違っている。

 真っ白だった。空の青さもなければ、雲が泳いでいる白でもない。本当に真っ白だった。

 以前は普通の空だった気がしていたのだが。

 それまでは現実と同じなんだと錯覚していたが、ここが夢なんだと、あらためて突きつけられ、胸が痛んだ。

「私の場合はーー」

 静かに話し出す野村に、視線を戻す。

「私は姫香にこの“力”をもらったのよ」

「姫香って、お前の友達だったって奴?」

「そう。児玉姫香って子。姫香に頼まれたんだよね。それで私はその“力”を」

「……誰かからって。そんなことあるのかよ」

「私にとっては、産まれたときから“力”を持っていることが不思議よ」

 話が信じられず、怪訝に野村を睨んでいると、不敵な笑みを献上され、尾崎は唇を噛む。

「じゃぁ、姫香って奴も“力”を持っていたってことか」

「まぁ、そうだよね」

 これまで数回、“姫香”という名前に小さなしこりが生まれていた。

「じゃぁ、その姫香って奴、今は“力”を持っていないってことなのか?」

「もっていないわ。というより、もういないから」

「ーーいないって?」

「死んだのよ、昔にね」

 思いがけない反応に驚愕して、目を見開いてしまった。野村は唇を一文字に閉じ、遠くを睨んだ。

 今は何を話しかけても耳を傾けてもらえる雰囲気はない。自分の殻に閉じこもってしまった。

 どこか、棘のある姿に尾崎は怖気づいてしまう。

 それまで顔を隠していたせいか、人形みたいな印象を持っていたが、初めて人として見えた。



 きっと、尾崎は杉浦から逃げていた。顔を合わせれば、杉浦からまた懇願されそうで。

 消すなんてできなかった。杉浦の辛さは理解しようとはした。そでも、やはり消すなど、絶対にダメなんだと、心の奥が警戒していた。

 もちろん、その警告に尾崎は逆らうことはなかった。だからこそ、「早く」と無言で訴えてくる杉浦から、冷酷だと痛感しながらも目を逸らして逃げていた。

 それから時間がすぎ、週が明けた月曜日。今日は杉浦は学校を休んでいることに安堵した。

 とはいえ、またしても朝から豊田に捕まってしまい、誰も話に割り込む隙はなかった。

 マシンガン並みの話は、ホームルームの始まるチャイムが鳴っても、前の席で喋っていた。豊田の話が終わらないのは、本来の席の生徒が別の席で喋っているのも重なっていた。

 尾崎は視界の隅で映る、その生徒を憎らしく捉えながら、

「ーーで、新しいバイトは見つかったのか?」

 それまでバイト情報誌を手にしていた豊田が今日は手ぶらになっていたので、つい訊いてみた。

 だが、それは地雷だったらしい。スイッチが入ってしまったのか、前のめりになって、

「いや、それがさ。土曜に面接に行ったんだけどさ、そこで中学のとき一緒だった奴と会ったんだよ。いや、懐かしくてさ。高校が違ったからさ」

 手振り身振りで話し、次第に饒舌になる豊田は、何かの講演みたいに、大げさに手を降り続けた。

「お前、ついこの前、中学んときに嫌いな奴に会ってバイトを辞めたって言ってなかったか?」

 延々と続きそうな話にげんなりし、尾崎は皮肉を込めて突っ込むと、手を軽く振ってあしらわれてしまった。

「あぁ。あったな。でも、それはそれ。まぁ、いいじゃん」

 まるでそんなことは話していない、という雰囲気に呆れて、椅子に凭れ、大きくため息をこぼした。

 尾崎と豊田は違う中学だったので、野村の友人がどんな人物だったのか興味が湧いてきたとき、ふと意識が止まった。

「そういえば、お前の中学で“児玉姫香”って奴いたんだろう。そいつって、どんな奴だったんだ?」

 これまで名前は耳にしていたが、深くは訊いていなかった。だからこそ、訊いてみた。

 それまで大げさに手を広げていた豊田であったが、そこで動きが止まり、眉をひそめて首を傾げた。

「コダマって誰だよ?」

 予想外の反応に、尾崎は唖然と面喰らってしまった。

 また冗談を言っているのかと思ったが、豊田は本当に初めてだという様子で、額に手を当てて「う~ん」と唸っていた。

 やはり嘘を言っている様子はない。

「ほら、野村って奴と仲がよかった奴で、なんか死んだみたいーー」

 話している途中、なぜ姫香が死んだのか、新たな疑問が生まれてしまい、途中で口を噤み、口元を手で押さえると、逆に考えてしまう。

「ってか、お前、なんでそこまで野村のことを知っているんだ?」

 豊田も尾崎を不審に思ったのか、今度は豊田が首を伸ばして訊いてきた。

 思わず尾崎は体を反らしてしまいそうになった。言葉を濁してしまう。

 杉浦から聞いた、と答えればよかったのだが、その先に“力”のことで口が滑ってしまうのを恐れ、話せないでいた。

 上手い逃げ方を模索しているとき、教室の前方の扉が開かれ、担任が入ってきた。

「ほら、早く席に戻れ」

 手を叩き、席を立つ生徒を促し、声を上げた。その中に豊田も含まれており、話を中断されて、釈然としないまま席を立つ。

「あ、そういえばさ……」

「ほら、早くしろ」

 何かを思い出したのか、宙を見上げて言いかけた豊田だったが、担任の呼びかけに促され、渋々自分の席に戻った。

 ざわめきがまだ残る中、ホームルームが始まった。

 豊田が最後に何を言いかけていたのか気になったが、それ以外にも、尾崎の頭の隅で、意識を突くものがあった。

 ホームルームで配られたプリントを睨みながらも内容は入ってこず、握っていたシャーペンで机を突きながら、頬杖を突いた。



 なぜ、豊田は姫香を知らなかったのか。

 英語の授業中、ノートに姫香、野村、と相関図を書き、そこに豊田の名前を姫香の隣に加え、姫香に向かって矢印を引き、その上に「知らない」と書き込んだ。

 なぜ、豊田は姫香を覚えていなかったんだ、書き込んだ名前に問いかける。

 そもそも、姫香はどうして死んでしまったのか。

 ペン先が姫香の名前の上で止まり、考えてしまう。

 これまで原因をきいていなかった。

 やはり、訊く相手は杉浦がいいのか、と杉浦の席を眺めたが、今日も空席になっている。また休みらしい。



 授業が終わり、休み時間になっても、尾崎の脳裏には疑問が渦巻いていた。空席になった杉浦の席を眺めていると、豊田が席のそばに来た。

「お前、さっき言っていたじゃん。“コダマ”とかいう奴を知らないかって」

 豊田は腕を組んで、尾崎の席のそばで立ちながら訊いてきた。半ば、特等席になっていた、前の席には本来の生徒が座っていた。

「んで、ちょっと思い出したんだよね。変な話なんだけどさ」

「変な話?」

 自分でも納得していないのか、釈然としない様子で口を尖らせる豊田に、軽く好奇心を掻き立てられ、尾崎は体を豊田に向けた。

 豊田は壁に凭れると、何かを思い出すように宙を見上げた。

「そうだ、野村って確か自殺だったんだよな。そのちょっと前だったんだけどさ」

 どこかで冗談でも言うのかと身構えていると、野村の自殺と聞いて、背筋に悪寒が走ったが黙っておいた。

「事件って、ほどじゃないんだけど、変な噂が流れたんだよね」

「噂って?」

「誰かが死んだんだ。いや、いなくなったって言った方がいいかな」

「なんだよ、やけに歯切れが悪いな」

「それが分からないから、気持ち悪いんだよ。そのとき、誰が死んだのか分からない。けど、確実に誰かがいなくなったんだ」

 説明しても納得していない様子で唇を尖らせ、悩む豊田。何度も首を傾げている。

「それが“姫香”って奴かもしれないってこと?」

「さぁ。そいつ自体は、俺は知らないからな。大体、お前が急に変な話をするのが悪いんだよ」

「なんだよ、僕が悪いのかよ」

「そ。お前が悪い」

 そこで断言すると、右手の人差し指で尾崎を指すと、不敵に笑った。

「でも、気持ち悪いよな。誰かが消えて、それが誰か分からないって」

「……消えたって、それ」

 消えたと聞き、胸がざわめいてしまう。

「それって、誰かを忘れているかもしれないってこと?」

「忘れる? どうした、急に?」

 話に割り込まずにはいられなかった。奇妙な反応を豊田は怪訝に思ったのか、突っ込んできたが、尾崎は濁した。

 消えた? それとも消されたのか? 誰に? 野村に? ーー

 “力”を持っていたのは姫香と呼ばれていた人物。そこに生まれた矛盾、なぜ彼女を知っている者と、知らない者がいるのか。そこに“力”と関わりが出てきます。今後もよろしくお願いします。

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