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青い痛みの先に  作者: ひろゆき
12/23

弐 ーー 杉浦の想い。野村の存在 ーー (5)

 尾崎と矢島の“力”の存在を知る素振りを見せた杉浦。その奥にあるものは。

 そして、杉浦が求めるからには、そこまで追いつめられるほどに悩みがあるから。それに、尾崎はどう答えるのか。よろしくお願いします。

               6



 考えられる場所は病院しかなかった。尾崎は迷うことなく、矢島とともに野村の眠る病室に向かっていた。

 矢島にとっても、“力”に関する事態に体が動いていた。

「へぇ。驚いたな。矢島も一緒ってのは」

 息を荒げて現れ、肩を揺らしている二人に対して、杉浦は平然とした様子で、ベッドのそばで座っていた椅子から振り返り、出迎えた。

 ついさっきの電話の様子では、思い悩んでいる雰囲気を醸し出していたので、正反対の様子に尾崎は戸惑ってしまう。

 視線を杉浦から横に移すと、相変わらず野村は眠ったままで、動こうとはしなかった。

 矢島とともに病室に入ると、尾崎は重い口を開いた。

「さっきの電話、なんだったんだ?」

「あぁ、さっきのね」

 器用な話し方ができず、直球的に訊くと、杉浦は何度も小さく頷くと、それまでの砕けた表情から一転して強張り、体の向きをベッドに戻し、二人に背中を向けた。

 野村を見る背中は、学校で何度も見ている、制服の背中であっても、小さく見えてしまった。

「“力”について、杉浦くん、何か知っているの?」

 黙り込む尾崎の隣りで、矢島が口を開く。すると、杉浦の背中が動き、振り返りはしなかったが、顔を上げた。

 しばらく窓の外を眺め、「そっか。ってことは、矢島も“力”を知っているんだな」

 あらためて言われると、不思議と不安が積もってしまった。ふと横を見ると、耳の辺りの髪を掻き上げながら、矢島も尾崎に不安を投げかけてきた。

 そこで杉浦は体を反転させ、こちらを向いた。

「あの話を聞いて、駆けつけたってことは、やっぱり尾崎にも“力”があったんだな」

「やっぱりって?」

「ゴメン。僕ちょっと、鎌をかけたんだ。さっきの電話でそう言えば、どんな反応をしてくれるかなって思って。まさか、矢島も知っているのは予想外だったけど」

 ちらりと横を伺うと、矢島は敵意を放つような鋭い眼差しを杉浦に注ぎ、胸の前で腕を組んで黙ってしまう。

「でも、さっき言ったことはーー」

「前にさ、姫香のことをお前に訊いたことがあっただろ。だから、もしかしたら、って思ったんだ」

 以前、一度夢で“姫香”という名前が出てきて、それを杉浦に訊いていた。おそらく、そのときのことを言っているのだろう。

「ちょっと、待って」

 申しわけなさげに話す杉浦に、敵意に満ちた口調が割り込んできた。

 矢島である。

 矢島は腕を組む手に力を込めて杉浦を睨んだ。

「どうして杉浦くんは“力”のことを知っているの?」

 質問なのだが、どこか叱責しているような気迫、突き刺すような緊迫感に、杉浦は苦笑いを返上した。

「じゃぁ、なんで矢島は知っているんだ?」

 明るく振る舞って問い返す杉浦。矢島は不意を突かれ、苦虫を噛み潰したように黙り込んだ。

 喋れるはずがなかった。これ以上さらけ出すのには危険が多すぎると、矢島の警戒心が尾崎にも伝わっていた。

 組んでいた手に力を込め、勝負に負けたと感じて、矢島は顔を背けた。

 それを見て杉浦は、勝ち誇ったように背筋を伸ばした。

 二人の気まずい、特に矢島の鬼気迫る雰囲気に圧倒されていると、杉浦が野村に顔を向けた。

 矢島に対しての勝ち誇った表情ではなく、寂しげに眉を潜め、二人の間で無言の言葉を交わすと、静かに頷いた。

 まるで、杉浦にしか聞こえない励ましを、野村がしたみたいに。

「……こいつにも“力”があったんだ」

「……“力”」

 思わず尾崎は矢島と顔を見合わす。

「……嘘でしょ」

「嘘じゃないさ。こいつにはあったんだ。僕はそのことで何度も相談を受けていた」

「そんな、あり得ないでしょ」

 困惑する矢島が声をもらすと、今度は杉浦が尾崎をまじまじと見てきた。

「そんな、考えられないよ」

 そこでようやく、尾崎も声を発した。それでも、後が続かず固まってしまう。

「こいつはこの“力”の存在に悩んでいた。自分の“力”をどうすればいいのか。それで、その結果、こうなっちゃったんだけど」

 尾崎も矢島も信じられずに、口元を手で押さえてしまった。

「何をそんなに驚いているのさ。尾崎だって、誰かから“力”を譲ってもらったんだろ?」

「ーー譲ってもらった?」

「……それは……」 

 口ごもる尾崎の様子に、杉浦は怪訝に首を傾げ、

「へぇ、驚いた。そういうこともあるんだ」

 平静を装うつもりでいたが、つい反応してしまいそうになると、杉浦は何かに納得したように目を細めた。

「お前のその反応が、もう答えになっているよ。お前が“力”を持っていることも。それに…… じゃぁさ、やっぱ、お前に頼むしかないよな」

「……頼み?」

 そこで杉浦は顔を上げると、これまでになく真剣な面持ちで尾崎を見据えた。目を見開き、まっすぐな姿に、尾崎は萎縮してしまう。

「僕たちを消してくれないか?」

「あなた、何を言っているのっ」

 耳を疑い、唖然としている中、矢島が隣で声を荒げる。すると、杉浦は矢島を見て苦笑する。

「お前はまだそんなことを。僕はそんなことーー」

「だって、そうだろ。前に尾崎は話したけど、ずっとこうなんだ。希望を抱いて、ずっと目が覚めるのを待っていても、ずっと、こう」

 そこで杉浦はかぶりを振り、

「お前ならどうだ? 好きな人が、ずっと植物状態になったら」

「ーーそれは」

「限界なんだよ、もう」

 短い一言。

 それでも、その一言が尾崎の心に重く締めつける。そのとき、心電図の機械音が酷く響いた。

 まるで、野村も杉浦の申し出に同調しているように尾崎には聞こえてしまった。

 いたたまれなくなり、その場を逃げ出したかった。しかし、それはできそうになく、話を逸らす話題を探った。

「それって、杉浦だけが知っているの? 野村さんが“力”を持っているのを」

「さぁ。ほかには…… まぁ、おそらく姫香ぐらいだろうね」

 姫香…… ーー

 これまで数回出てきた“姫香”という名前。尾崎はその存在が気になり、

「なぁ、その“姫香”って子、どんな子なの?」

「さぁ、どうだっただろう」

「ねぇ、それよりーー」

 姫香のことを訊いていると、矢島が急に話に割り込んできた。

「野村さんはその“力”を使ったことってあるの?」

「おそらくない。こいつはそれで悩んでいたから」



 木曜日の放課後。前日の杉浦のことが気がかりになり、矢島と話をしようとしていた。朝や休み時間に話すこともできたが、周りを警戒して、自然と放課後を待とうとなっていた。

 その方が二人にとって都合がよかったから。

 どちらにせよ、尾崎は朝から豊田に捕まってしまい、隙を作る暇はなかった。

 豊田は尾崎が席に着くやいなや、手に雑誌を握り、愚痴をこぼし始めた。手にしていたのは、バイトのフリーペーパーだった。

 以前から、豊田がファミレスでバイトをしているのを、尾崎は知っていたので、「辞めたのか?」と訊くと、とんでもない返事に唖然とした。

 中学のとき、嫌いだった奴が入ってきたから辞めた。

 そんなくだらない話に呆気に取られ、尾崎は目を丸くせずにはいられなかった。


 それでも、それから延々と豊田の愚痴に休み時間はつき合わされてしまった。放課後、辛うじて隙を見つけて、半ば逃げるようにして、屋上に来たのであった。

「豊田くんとやけに盛り上がっていたわね」

「止めてくれよ。こっちは散々愚痴につき合わされて大変だったんだから」

 教室でのやり取りを見ていたのか、冷やかす矢島に、ぐったりと大きくため息をこぼし、鉄柵にもたれて座ると、頭を抱えた。

「こっちはこってで悩んでいるっていうのに」

 豊田の愚痴がどこか羨ましくなり、刺々しく吐き捨て、空を見上げてみると、こちらも憎いほどに秋晴れであった。

 思わず額に手を当てながら、じっと空を見上げてしまう。

 矢島も隣に膝を交えて座ると、矢島は校舎の方をじっと眺めていた。

 しばらく二人に沈黙が流れた。

「まだ悩んでいるの?」

 風の音さえ聞こえてきそうになったとき、ポツリと矢島が訊いてきた。そこで手を膝の上に落とすと、尾崎は目蓋を閉じた。

「当然だろ。突然、あんなことを言われたら」

 目蓋の奥に、真剣に懇願してきた杉浦の姿が蘇ってしまい、胸の奥が痛んだ。

「なんで、そこまで考え込むの? どうせ、初めてじゃないんでしょ?」

 初めてじゃない。

 尾崎は目蓋を開き、唇を噛んだ。内心では強く否定したいのに、自信が揺らいで、声が喉を通って否定してくれない。

 どうして冷静に訊けるのか、と横目で矢島の様子を伺っていると、矢島はおくびにもせず、髪の毛先を手で弄んでいた。

「お前、その“力”を恐いと思ったことはないのか?」

「ーーない」

 杉浦の姿に隠れた不安を訊くと、矢島は躊躇なく答えた。

「恨んではいるかもしれないけど」

 何? と尾崎は首を傾げると、「そうでしょ」と言うべく、矢島も首を傾げる。

「……そうかもな。こんなものがなければ、これだけ悩むことはないんだからな」

 左手を眺めて、憎みようにぼやいた。

「……この“力”を消せばいいんだけどね……」

「……消せれば、か」

 もっともな解決方法かもしれないが、それが浮かばない。

「……なぁ、僕は本当に誰かを消してしまったんだろうか?」

「今さら?」

「分からなくなったんだ。正直、今でも僕は誰も消していないって信じたい。けれど、昨日の杉浦の顔を思い出しちゃうと……」

 尾崎は自分を信じることが怖くなっていた。

 “力”について知る者が増えていく中、“力”にも尾崎と杉浦との間で話が噛み合っていかなくなるのですが、それによって、“力”に対する悩み方が変わっていくことになります。この後も、尾崎、杉浦ともに悩みながらも話は進みます。

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