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青い痛みの先に  作者: ひろゆき
11/23

弐 ーー 杉浦の想い。野村の存在 ーー (4)

 あの教室でジョーカーを選ばず、現実へと戻る尾崎。そこで矢島のの存在に気づきます。どうして尾崎が生きていられたのか。そこを今回読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

               5



 どこからだろうか。陸上部のかけ声が聞こえた気がした。

 尾崎の視界が横向きに広がる。体の異変に気づいたのはしばらくした後だった。

 教室の一角。尾崎は自分の席で眠っていたらしい。空気の塊が肩に乗りかかり、全体的に重い体をようやく起こすと、額を右手で覆った。

「野村七瀬……」

 夢で見た彼女の顔に、声がもれてしまう。

「あのとき」

 夢での野村の口元が動く。野村が指摘してきたこと。

「……矢島」

 脳裏に浮かんだ野村の顔が矢島の顔に変化し、心臓が締めつけられ、急に焦りが強まった。

 確か、“力”を使うときにそばに矢島がいたはず。と、咄嗟に教室を見渡した。教壇、ロッカー、忙しなく視線を動かすが、教室には矢島だけでなく、尾崎以外の生徒は誰もいなかった。それでも視線を動かし、窓側の方を眺めたとき、夕焼けに反射した自分の姿に、瞬時に背筋に悪寒が走る。

 咄嗟に右の頬に左手で触れてみた。すると、指先が生暖かく濡れた。

 これまでにない感触。

 次第に強まる鼓動を堪えながら、手を頬から放して顔の前で確認した。すると、指先は赤く濡れていた。

 震え出す指を眺めてしまう。視線を上げると、窓に反射する姿と対面する。反射した尾崎は呆然としており、右側、右目から赤い涙を流していた。

 血とは違う感覚。それはまぎれもない涙。

 青い涙とは対照的で、赤い涙は熱かった。不思議なぐらいに。

「なんだよ、これ」

 怯えた声が宙に木霊した。しかし、返事をしてくれる者はいない。「なんだよ」と、もう一度声を荒げ、また矢島を探してしまった。

 無論、矢島は教室にはいない。

 恐怖と困惑に苛まれていたとき、スマホの着信音が鮮明に響いた。

 赤い涙を拭おうとしないまま、尾崎はスマホを取り出した。呼び出したのは矢島。

 以前、病院で会ったときに、成り行きで番号を交換していた。

「ーーもしもし?」

 恐怖に耐えていると、届いた着信音に安堵しながらも、声がこもってしまう。

「よかった。ようやく目が覚めたみたいね」

 尾崎が出たことに声を発する矢島。抑揚はなく、冷淡な口調に尾崎は不安が積もる。

「なぁ、矢島、これって。僕は確か……」

「ま、驚くでしょうね。生きていることに」

「じゃぁ、これはお前が?」

 真意を問う尾崎に、つい手に力がこもり、スマホを強く握ってしまうが、対して矢島は大きく息を吐いて間を開けた。

「明日の放課後、ちゃんと話してあげるわ、屋上で」

 そこで通話は一方的に切られた。



 翌日の水曜日。言われたとおり、屋上に来ていた。屋上を選んだ理由は恐らく、ほかの誰かに聞かれるのを警戒してのことだと、尾崎は考えていた。

 夕刻の屋上は日も傾き、風も強くなっていた。肌に触れる風が心地よいはずなのに、尾崎の喉は干からびそうになっていた。

 屋上にはすでに矢島の姿があり、鉄柵に背中を預けていた。腕を組みながら、重い足取りで近づく尾崎をじっと見詰めていた。

 今日は右目に眼帯をつけていた。

「お前、その目」

 矢島の様子に声が出てしまう。確かに授業中にもつけて気にはなっていた。

「ちょっと、“力”のせいでまた腫れているのよ。あなたは大丈夫そうね。でも、赤い涙は流したんでしょ?」 

 幾分、穏やかな口調で首を傾げる矢島に、逆に尾崎の肩に力が入った。

「別に驚くことはないでしょ。あなたが“力”を使ったとき、青い涙をこぼすのと同じことなんだから」

 そこで矢島は右目につけられていた眼帯をおもむろに外すと、何度か瞬きをした。それを見て尾崎はまた息を呑んでしまう。

 矢島の右目は異様に充血していた。

「昨日は勝手に帰って悪かったわね。私の場合、赤い涙を流したら、何も見えなくなるぐらい目がおかしくなるのよ。それで先に帰らせてもらったわ。あなたはすぐに目が覚めると思ったから」

「……でも、その目」

「恐らくあなたは夢に強く影響が出ていたんでしょうけど、私は直接的な痛みが出てしまっちゃうんだよね。前のときもそうだったけど」

「けど、“力”って」

 そこで矢島は右手を上げ、顔の横で掌を見せた。

「私の“力”は右手に宿っている。昨日、あなたに使ったわ」

「使ったって、それは僕だろう。昨日、僕は自分を消すのにーー」

 反論する中、夢の中で野村が告げたことが頭によぎった。

 矢島に感謝しろ、と。

「お前の“力”って」

 怯えた眼差しに、矢島はクスッと笑う。

「私の“力”はあなたの逆。命に危険がある人に触れれば、その人の命を助けることができる。昨日、あなたが“力”で自分を消そうとして、意識を失って倒れた後、私が“力”を使ったのよ。すぐに動作に移ったから助かったのね。手順はあなたと一緒。あなたはカッターを持っていたからね」

 信じるのにはまだ疑いが残っていた。しかし、今ここに存在しているのが不思議な感覚になり、頭を抱えてしまう。

 嬉しいのか、残念なのか、どちらとも言えない感情が、ひしめき合っている。それでも、黙ってはいけない気はしていた。

「じゃぁ、ありがとうって言わないと……」

「別にいいわよ。気にしなくても。それにしても、自分で自分を消そうなんて、バカバカしい。なんで、あんな無茶なことをするのよ」

 唇を歪めて愚痴る矢島に、尾崎はかぶりを振る。

「あなた、何を悩んでいるの?」

「分からなくなったんだ。なんでこんなことになったのか。それで……」

 そこで尾崎は一度、声を留めてしまう。一瞬の間を置いて、

「なぁ、僕は殺したのか?」

「ーー誰を?」

「……姫香って奴」

「姫香って……」

「言われたんだ、野村に。「姫香の願望はそうじゃない」って。なぁ、僕は姫香って奴を、殺したのか?」「殺したって、あなた、姫香って人と知り合いなの?」

「いや、それすらも分からないよ」

「ふ~ん。じゃぁ、もしかすれば、そうかもしれないわね」

「なんだよ、それ。中途半端だな」

「そう? でも、結局はこう答えるしかないから」

 素っ気なく答える矢島。身も蓋もない結論に聞こえたが、尾崎も反論する気にはなれない。

「じゃぁ、お前に望みってあるか?」

「私の望み? それは私を消すこと」

 なんの躊躇もなく冷静に答える矢島。迷いのない口調に耳を疑い、尾崎は顔を上げた。

「ねぇ、私を消してみる?」

 冗談にしては鋭すぎて、唇を噛んでしまう。

 面喰らう尾崎に恐れを知らず、細い目をより細めて笑う矢島に声を失う。

 視線を激しく泳がせながらも、黙ってしまったときだ。スマホが鳴ったのは。

 気まずい空気から逃れたくて、尾崎はすぐにスマホを取ろうとしたが、慌てていたために、取り出す際に引っかかって落ちそうになったが、辛うじて耐えた。

「杉浦?」

 思わず矢島の顔を見ると、矢島も呆然としていた。

 それまで鉄柵に凭れていた体を起こし、前のめりになる矢島の横で、尾崎は通話に出た。

「なぁ、尾崎。僕たちを消してくれ」

 耳を疑わずにはいられなかった。

 杉浦の第一声は覇気がないのだが、尾崎の心臓の奥深くに沈み込み、顔が真っ白になってしまう。

 確実に“力”を使え、と懇願されてしまって。

 杉浦はそれだけを呟き、通話を切ってしまった。

「……“力”のことがバレてる」

 スマホを持つ手を下ろし、力なく矢島に伝えると、そらまで感情を抑えて平静を装っていたが表情が強張り、血の気が引いて青ざめていった。

 矢島にとっても、ことの大きさを察しているみたいだが、尾崎は不謹慎と想いながらも、新鮮に見えてしまった。

 感情的な矢島を見るのが初めてだったので。

 それでも、二人とも危うい状況に、すぐに体が動いた。

 これまで“力”を持っていると言っていた矢島。でも、尾崎との“力”とは正反対の“力”。これは尾崎の左手に対しての対として右手に何か違う“力”を、と考えていました。そこで能力も逆の性質にしようと考えていました。安易ではありますが、青い涙と、赤い涙もそうなります。それは、水と油になるかもしれませんが、この“力”が今後、どうなるのかを楽しんでいただければ嬉しいです。

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