空き巣と修羅場
「誰、コイツ」
家の外で吹き荒んでいるであろう冬の冷風よりも格段に冷たい声音で、夏南はそう言った。
夏南の目の前で並んで正座しながら、俺とお姉さんは俯いていた。
「空き巣です……」
「秋洲よ」
「いやもうそれはいいですから……さすがに黙っててください……」
「はい」
お姉さんを黙らせて、俺は恐る恐る夏南の顔を見上げたら、予想通り般若のような顔をしていたので慌てて目を逸らした。
「あたしのLINEを既読無視して、それできょーくんの方はこんな女と一緒に暮らしてたんだ? 玄関先でいちゃいちゃしたりして」
「いや、それは違くてですね……」
「何が違うっての?」
「まだこの人とは会って二日目でして……」
「会って二日で同棲してるってわけ!?」
信じらんない!
そんな夏南の言葉に首を縮める。
「それにLINEは別に無視してたんじゃなくて、スマホが壊れたからしょうがなくって……」
証拠に真新しいスマホを差し出すと、夏南は訝しげにそれを手に取った。
「……嘘はついてないみたいね」
「嘘なんてつかないよ」
そこだけは少しも誤解されたくないのでまっすぐと夏南の目を見てそう言うと、夏南は少しだけたじろいだように顔を染めた。
「ま、まあそれはいいの! 問題はそこの女の人よ」
「だから、この人は空き巣なんだって。ほら、そこの窓が割れてるだろ?」
「空き巣? この人が?」
「信じられないのは分かるけどね」
こんな美人が空腹を理由にSWATもびっくりな方法で家に突入してくるなんて誰も思わないでしょ。
「俺を口封じしようとして居座ってる……的な感じで……」
「そんな言い訳通じると思ってるの?」
「ですよねえ……」
なんとかお姉さんに助け舟を求めようと横を見るが――
「Zzzzzzzzz……」
「「寝てる!!」」
俺と夏南は同時に叫んだ。
嘘だろ!? こんな修羅場で寝るのかこの人!? 自由過ぎるだろ!!
「……はっ! 何かしら!?」
「あんたのせいでこんな状況なんですが……」
もうやだこのポンコツ……
「きょーくんもなんで通報しないのよ。不法侵入は立派な犯罪でしょ?」
「まあ通報しようと思えばいくらでもできたんだけど……」
「けど?」
「うーん……」
「あたしが今すぐ通報しt――」
「いや待って!」
「だからなんでよ!」
そこが俺にも分からないことだった。再三言っても家から出て行かないなら、警察でもなんでも呼んで強制的に出て行ってもらえばいいのだ。しかし二日経った今でも、こうしてだらだら朝食を摂っていたりする。これでは警察を呼んでも逆効果だろう。
「うーん……」
ちゃんと返答できないでいる俺を見て、夏南のイライラは募るばかりだ。
「この人、美人でおっぱい大きいよね?」
「へ? いや、急に何を……」
「きょーくん、こういうのが好きなんだ?」
「は? そそそそんなわけないだろ!? こんなポンコツ……」
慌てて否定する俺の横で、なんだかぼんやりしていたお姉さんが急に言葉を割り込ませてきた。
「でも鏡太君、私と裸で寝たとき女の子みたいな悲鳴上げてたじゃない」
「お前なんでこんな時だけ話しかけてくるんだよ!!」
「きょーくんっ!!」
「はいぃい……」
夏南に一喝されて、俺は再び縮こまった。
「裸で寝たってどういうこと!? もしかして、もう『そういうこと』したの!?」
「し、してないしてない! ほんとだって!」
「最低! 会って二日の女の人となんて――」
「話を聞けって!」
「こうなったら……」
急に低い声を出すと、夏南はふるふると震え始めた。え、どうした? キレた?
さらなる怒りにぶん殴られるのではないかと怯えていた俺は、しかし予想外の音に呆然することになる。
ハラリ……
「え」
夏南が、夏南が服を脱いでいる。
「ちょ、ちょっとお前なにやってんだよ!」
慌てて止めに入るも、慣れた手つきで服を脱いでいく夏南はすでに下着が見えている。
「……こうなったらあたしできょーくんをクリーニングしなきゃ……」
「クリーニング!? 人間に使う言葉じゃないよね!?」
だめだ! 夏南の目が完全に据わっている!
思い返せば昔からなにか夢中に……というか勝負事で負けが込むと、負けず嫌いの夏南はこうして目が据わって何をし出すかわからなくなるんだった。
「だめだめだめ! 自分を見失うな夏南! ちょっと! ブラジャーから手を放して! お、お姉さんもちょっと手伝ってくださいよ!」
「Zzzzzzzzzzzzz…………」
「おぃぃぃいいいいいい!!!」
「きょーくん……今日は後で赤飯炊いて二人で食べようね……」
「夏南? ちょっと夏南? 聞いてるかな? お手手をそのパンツからはなs――いやぁああ!!」
事態が完全に収集したのは、それから一時間も後だった。
★
一時間後……俺の部屋。
「決めたわ。あたしも今日からここに住む」
「…………」
二人きりとなったところで、夏南は俺の目の前で腰に手を当てたままそう言った。
どうしてこうなった……
俺は頭を抱えた。
どうにかして夏南に服を着てもらったが、そんな夏南は何食わぬ顔でどこかに電話すると先ほどのような宣言を一方的に行った。
「文句は言わせないよ、きょーくん」
「いや――」
「あの女の人はよくてあたしはダメってわけ?」
「……なにも文句ないです」
「よろしい」
有無を言わさぬ感じだ。これも昔からの夏南の性格で、こうなったら何を言っても意見を変えられない。美味しいケーキを振る舞えば話は別だが。
「きょーくんのご飯の面倒からお家の掃除まで、全部あたしが面倒見てあげる」
「なんでそこまで……」
「そんなの、あの女からきょーくんを守るために決まってるじゃない」
「自分の身ぐらい自分で守れるよ」
「ふんっ……どうだか! おっぱいが目の前にあればすーぐメロメロになっちゃうくせに」
「ぐっ……」
「とにかく、そういうことだから」
そう言い切って、夏南は俺に背を向けた。俺の部屋を出る間際、首だけをこちらに向ける。少し日に焼けた綺麗な顔は、勝気な笑顔を浮かべている。
「半年分のあたし、覚悟しておいてね!」




