ヤンキーと悪夢のファッションテロリスト
目隠しが取り外されたのは意識が戻ってすぐだった。
さーてここはどこかなー?
俺を誘拐する手つきがなんとなく優しかった(?)ので、そこまで悪意がある感じではないのがわかった。
「う……まぶし……」
はらりと目隠しの布が取り外されて視界に飛び込んできたのは――
「スタジオ……?」
「せいかーい♡」
「おひさしぶりー♡」
そっくりな声が体の両側から聞こえてきた。
椅子に座ったまま首をひねってみると、そこにいたのはどこかで見かけた二人の女性だった。
「えっと……?」
「えー! わたしたちのこと忘れたのー!?」
「えー! それってひどくなーい!?」
俺を取り囲んでいたのはそっくりの双子だ。
そのおしゃれな服装……そして印象的なその話し方……思い出した!!
「『GC』!?」
「覚えてたー♡」
「嬉しー♡」
ファッションサークル『GC』といえば、忘れもしない。入学間もないあの日――四月九日に俺を無理やり女装させた悪魔のような団体だ。
「なななななにをする気だ! 女装なんてしないぞ!」
さっきまでの余裕はかなぐり捨てて、俺は椅子から飛び上がった。徹底抗戦の構えだ。
「えーよかったのにー」
「えー可愛かったのにー」
「そういう問題じゃない!」
同じ動作で答える二人にツッコむ。可愛らしい見た目に騙されてはいけない。この人たちの技術は一級品だ。
「でも今日はキミが目的じゃないの!」
「なんでか知らないけど怪我だらけだし……」
「あ、そうなんですか」
俺が目的じゃない……って、そういえば――
「冥子さん?」
「そーなの!」
「沙汰島せんぱいなの!」
双子は目をきらきらと輝かせて、お互いの手を組んで顔を寄せあった。ほんとそっくりだな……
「冥子さんは完璧なの!」
「スタイルも顔も!」
「うーんまあ……」
確かに冥子さんはモデルもびっくりのプロポーションの持ち主だけどさ……
「虎みたいに凛としてるのもサイコーなの!」
「にじみ出るカリスマがサイコーなの!」
「そうかなあ?」
興奮する双子をよそに、俺は冷淡だった。
「すっごい美人だと思うけど、カリスマがにじみ出てるかって言ったらそれはどうかな? だって部室にいるときとかひどいよ? だるんだるんのTシャツだけ着てさ、恥じらいもなんもないんだぜ?」
俺がそんなことを言っていると、目の前の双子が揃って青ざめた。なんで? あ、あれかな。憧れの存在である冥子さんを悪く言われて気分を悪くしているのかな? でも事実だし、本当の冥子さんを知って落胆するよりは今俺が真実を伝えてあげないといけないよね。
「そもそも乱暴すぎるんだよあの人は。凛としてるというかガサツ、ズボラ。虎って言うよりグリズリー!」
俺が言葉を重ねるたびに双子の震えは大きくなり、ついには抱き合ってじりじりと俺から離れていく始末だ。まるでなにか恐ろしいものを俺の背後に見ているような……
「だからあの人に夢見るのはやめろって。期待するだけ無駄だか――」
「オイ」
聞き慣れた声とともに、俺は頭を鷲掴みにされた。
う~んこれは絶体絶命……
グリズリー並みの力で無理やり首を捻じられて、俺は強制的に振り向かせられた。
いました。
冥子さんが。
「さっきから聞いてりゃよぉ……随分口が滑らかじゃねえか、あぁん?」
「いやあの、違うんですよ冥子さん。半分サイボーグ化してるからたまにバグるんですよ」
「ならバグんねえように全身サイボーグにしてやらねぇとな?」
「いやそれもうロボット――アッーーーーーーーーー!!!」
★
さておき、紆余曲折(首が)あって床に倒れ伏した俺は冥子さんを見上げる姿勢になった。
「め、冥子さん……その恰好……!」
「う、うっせえ……じろじろ見んな……バカ」
冥子さんは見違えるように綺麗になっていた。いやだからもともとすごい美人ではあるんだけど、今までは素材を生かし切れていなかったというか……例えるならそう、今までは最高級の牛肉にあんこが塗りたくられて出てきていたような感じだったのが、今は熱々の鉄板に乗って濃厚なソースと付け合わせと共に出てきたみたいな……俺は何を言っているんだろう……
まあいいや。
とにかく、冥子さんはセクシーかつビューティフルかつクールなストリートスタイルにメイクアップされ、髪もお顔も綺麗に整えられていた。まだ綺麗になる余地があったんだな……
大胆に露出した太ももとお腹が眩しい……
「すごいでしょー♡」
猫なで声で奥の部屋から出てきたのはこれまた見覚えのある女の人達だった。
確か……『GC』の部長、と部員だったはず。
「ど、どういうことですか?」
「ウチら、あれから一回冥子ちゃんに潰されてるの♡」
「コイツら、キャンパス内で見境なく生徒を攫っては勝手にメイクアップするってんで苦情がやばかったんだよ」
冥子さんが顔をしかめる。被害者は俺だけじゃなかったってことか……
「サークルとしての形はしばらく保てないケド、それでも活動はすこーしできるから、ちょーっと冥子ちゃんに頼み事をね♡」
「頼み事……ですか?」
「そう♡ 『他の女の子には手を出さない代わりに、定期的に冥子ちゃんにモデルをしてもらう』ってね♡」
「なんでオレがこんなことしなきゃなんねえんだよ……」
「でも受けてくれたじゃない♡」
「約束だからな……他の女に手ぇ出してんの見かけたら、分かってんだろうな……?」
「やーん♡ 冥子ちゃんがいれば他の女の子なんていらないワ♡」
「……その口調、なんとかなんねえの?」
そんなこんなで、冥子さんと『GC』の交渉(?)は成立したようだった。
キャンパス内の被害者はなくなり、『GC』は最高のモデルを手に入れた。これぞwin-winの関係だろう。めでたしめでたし。
「それじゃあ俺たち、帰りますね」
さんざん振り回されてもうへとへとだ。さっさと帰ろう。
「いや、そうはいかねえ」
「え?」
スタジオの扉に手をかけた俺を制して、冥子さんは手を伸ばして出口の扉をガチャリと施錠した。
「今後オレがてめえらの専属モデルになるってぇのは、まあ分かった」
「「「「「へ?」」」」」
『GC』の部員たちは目を丸くしている。
「でも今日の分の『精算』は終わってねえよなあ?」
冥子さんは静かに振り向いた。手の関節をバキバキ言わせながら。
「「「「「…………ふへ♡」」」」」
直後、スタジオは五つの悲鳴で満たされた。
ストリートスタイルで暴れまわる冥子さんはやっぱり綺麗だった。あと逆らわないでおこうと思った。
★
「災難でしたね」
「まあな」
すっかり夕暮れ時に突入した渋谷を、俺と冥子さんは並んで歩いていた。
「よかったんですか? モデルなんて引き受けちゃって」
「人質とられちゃあ仕方ねえだろ」
プロのモデルも顔負けのそのビジュアルに、渋谷を行く人々の視線はもう釘付けだ。俺が不釣り合いすぎて恥ずかしい。
いつもは冥子さんと二人きりになってもそんなに気負わず話せる(恐怖心はある)んだけど、今は緊張しちゃって目を合わせられない。
「……」
「……」
照れているのはなぜか冥子さんの方も同じみたいで、俺たちは気まずい沈黙の中で駅まで続く坂を下って行った。
いよいよ駅というところで、俺たちは別れることになった。
「あの、冥子さん、一つ聞いていいですか?」
「んだよ」
「ファンシーなショップでぬいぐるみを買う必要ってあったんですか?」
「あ? だから親戚の誕生日プレゼントだっつってんだろ」
「あ、そこは本当だったんですか」
「嘘だ」
「はい?」
「本当は自分用」
「え!?」
そんな応酬をして、冥子さんはさっさと駅のほうに歩いて行ってしまう。
俺に背を向けて駅に消えていく冥子さんから、「バカ……」という言葉が聞こえた気がした。
言葉は俺が確信を得る前に、雑踏の中へ消えていった。




