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引きこもりと正月

「「「「明けましておめでとうございまーす!!」」」」


 朝9時、晴れ渡った空から差し込む日の光の中、我ら八咫野家(仮初)は声を揃えて新年を迎えた。


 引きこもり、空き巣犯、暴力幼馴染、ストーカーという最強の布陣で今年を迎えさせていただきます。これはいい年になりそうだぁ……


「よっしじゃあ早速姫はじめをしましょう!」

「俺の爽やかな新年を返して?」


 新年早々なんてことを言うんだ。


「ひめ……なに?」

「……四季山さん四季山さん。おみみ、貸してください」

「?」

「……こしょこしょ」

「へ……? ……ッ!? ~~~~~~!?」


 隣の冷華さんに耳打ちされた夏南の顔がみるみる赤くなっていく。


「ななななに言ってんだテメェェエッ!」

「うわらば!」


 湯沸し器のように顔から湯気を出した夏南にぶん殴られて、俺に抱き着こうとしていたお姉さんは綺麗な放物線を描いてぶっ飛んでいった。これはお姉さんが悪い……


「なによ!? 夏南ちゃんだってしたいでしょ!?」

「そ、それは……それはまだ早いもん!」

「それは貴女がまだ21だから言えることよォォォォオオオオ!!!」


 新年からお姉さんの慟哭がリビングに響き渡った。



「……おいしいです」

「うん。さすが夏南だよ」

「えへへ……」


 正月と言えばお雑煮であり、今の我が家で料理と言えば夏南だ。

 これもまたお母さんの味を完璧に再現している。涙が出そうなほどうまい……


「……ぐぬぬ」


 その証拠に悔しそうな表情で雑煮をすするお姉さんの手も止まらない。悔しさに顔を歪ませながらもモチをびよーんと伸ばしている。


「今年はみんな仲良くだぞ」


 俺はいつでも臨戦態勢の三人に釘を刺した。


「今日はどうしよっか。初詣にでも行く? だいぶ混んでそうだけど……」

「行こうよ。こういうのは元日にしたいし」

「そうねえ」

「冷華さんっていつから仕事なの?」

「……明日には、もう」

「じゃあ今日行くか」

「……いいえわたくしのことはどうかお気になさらず」

「そういうわけには――」

「……どうせ24時間いつもそばにいますから」

「よし今日行こう! すぐ行こう!」



 はぐれました。


 いや人がすごいのなんのって……

 普段みんな神社になんか行かないのに、初詣パワーはすごいな全く……

 『次に来るのは来年の初詣』、という人は案外多いのではないだろうか。俺は旅行先とかで神社を見つけるとついついお参りしちゃうタイプだ。


 さておき、完全に三人とはぐれてしまった。

 都内の某神宮。もこもこに着込んだ人だかりの中で、賽銭箱の前にたどり着くまではまだ一緒だった記憶があるが、その後の人の流れに足をとられてあれよあれよという間にみんなバラバラになってしまった。


「……スマホもぜんぜんつながらないな」


 これだけ人がいると電波障害でなにもつながらない。これじゃ連絡も取れないな……


 その辺のベンチに座って、俺は人の往来を眺めていた。


 歳も性別もバラバラだが、皆一様に清々しい顔をしている。これも初詣だからだろうか。本気の願掛けのために来ている人間ならもう少し真剣な顔をしているものだけど、今のところそういった人は見かけない。というか今の時代、願掛けのためにわざわざ神社に来る人ってどれだけいるんだろうか?


 ……そういう意味で、今日一番真剣な顔をしていたのは俺かもしれない。

 誰よりも本気で神頼みをしていたのは間違いなく俺だと断言できる。

 もちろん願いは――


「……ぺろり」

「うひゃう!?」


 突然左耳をなめられて、俺はベンチに座ったまま飛び上がった。


「れれれ冷華さん!?」

「……れろれろの冷華さんです」

「何してるんですかいきなり!」

「……考え事をしている鏡太さまがかっこよくて」

「理由になってませんけど?」


 舐められた左耳がひんやりしていて理性が飛びそうだ。


「……でも、本当によかったです」

「へ?」


 二人で並んで座ったベンチで、冷華さんは自分の膝の上に視線を落としたまま呟いた。

 身バレ対策にマスクとグラサン完備だが、この状況では逆に目立ってるような気がしないでもない。


「……鏡太さまがその表情になるの、すごく久しぶりですから」

「そうか……冷華さんは俺が引きこもる前から近くにいるもんな……」


 いや感慨に耽っている場合ではない。なんか異常事態を受け入れつつある自分が怖い。


「……嬉しい一方で、わたくしは悔しいのです」

「どうして?」

「……それは」


 冷華さんは膝の上に置いた両手を固く握った。


「……わたくし、秋洲さんや四季山さんのように鏡太さまの役に立てていません」

「そういうのは違うと思うけどなあ」


 冷華さんがすごく思いつめた様子だったので、俺も居住まいを正す。


「お姉さんとか夏南のこと、『役に立った』とか思ってないよ。そんな失礼なこと」

「……なるほど……二人は役立たずだと」

「違うわ!」


 より失礼だろ!


「じゃなくって、そもそも迷惑をかけてるのは俺なんだから、役に立つとか立たないとかそういう問題じゃないよ」


 流れゆく人々を眺めながら、俺はここ一ヵ月を思い出す。


「いたなら知ってると思うけど、お姉さんとケータイショップ行った時も、夏南が料理を作ってくれた時も、俺は感謝と罪悪感でいっぱいだったよ。こんな俺のために、なんてね」

「……そうですか」

「だから俺も二人になにかしてあげたいと思うし、なにもしてくれなくてもそばにいてくれるだけで嬉しいよ……一番きついの、独りになることだし」

「……そう、ですか」


 心なしか冷華さんの声にも元気が戻って来た。

 ……悩みは解決できたのだろうか?


「……一番そばにいたのはわたくしですし」

「うん?」

「……なんでもありません」

「そう?」

「……これからもびったりねっとりとお傍にいますね」

「擬音が怖すぎる」

「あ! こんなとこにいた!」


 参道の向こうからよく通る声が響く。

 目を凝らすと、ちょうど夏南とお姉さんが来るところだった。


「はぐれちゃって大変だったんだよもう!」

「ごめんごめん......」

「見つかってよかったわ。電話も通じないんだもの」


俺たちは顔を見合わせると、少し笑ってからため息をついた。


「帰ろっか」


誰かが呟いたそんな言葉に、みんな頷いた。


先を行く3人の背中を見ながら、俺は思わず微笑んだ。


どうやら掛けた願い事はもうすでに叶っているようだった。

次回より大学編です。お楽しみに!

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