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空き巣とイケナイ遊び

「あれ? 夏南出かけるの?」

「今日はサークルの活動収め。そのあとに忘年会」


 朝食を食べた後、夏南が動きやすい格好に着替えて大きなバッグを背負っていたので、俺は意外に思ってそう聞いた。


「結構ぎりぎりにやるんだね」

「ほんとだよ。帰省する地方の子たちもいるのに。29日にやるなんて幹事は何考えてるんだろ」

「まあまあ……」


 言っていたかわからないが、夏南は小学生の時から水泳一筋だ。中高でも県大会出場レベルで活躍していて、大学でも体育会に所属するか迷っていたようだが、やはり体育会は束縛が強く他にやりたいことがあったらしいので結局はサークルに収まっている。

 今日は活動収めということらしいし、装備を見るにこれはプールに向かうのだろう。


「じゃあ夜も帰って来ない?」

「今日は遅くなるね」

「じゃあご飯は俺とお姉さんで食べておくね。……なにか残しておいた方がいい?」

「ううん。いいよ別に」


 靴を履いてつま先でトントンと玄関の床を蹴ってから、夏南はドアを開けた。


「いってきま~す」

「気を付けてね~」


 そんな軽い感じで見送って、俺は玄関のドアを施錠した。


 くるりと振り返ると目の前10㎝のところにお姉さんの顔があった。


「うぉおおお!?」


 飛び上がるほど驚いていると、シームレスにお姉さんが俺の頭を抱えてきた。


「今日は久しぶりに二人きりね!!」


 あ……やわらかい……いい香り……

 じゃなくて!


「は、恥ずかしいからやめてくださいよ!」

「なによぅ。もうそういう仲じゃないでしょ?」

「いやむしろ……」

「?」

「なんでもないです」


 むしろあのクリスマスの日、着物姿のお姉さんを見てからなんだかスキンシップに余計ドキドキしてしまうようになった。自分でもよくわからないこの気持ちをお姉さんに察されるわけにはいかない。


「というか、姿こそ見えませんけど冷華さんがいるんじゃないですか? どこかに」

「それなら大丈夫よ。彼女は今朝のニュースショーにコメンテーターとして出演しているもの」


 じゃあ……確かに二人きりだ。

 よく考えてみるとお姉さんと二人きりになるのって十日ぶりくらいか? 存在感が大きすぎて久しぶりという感覚がしないが……


「なにをしましょうか!」

「テンション高いなあ……」

「よし! 既成事実作りましょう!」

「誘うのが下手くそすぎる」


 それは多分ゴリラとかのテンポだ。


「出かける? それとも家で既成事実をつくろうかしら?」

「じゃあ……出かけますよ」

「そう……外で既成事実を作ろうっていうのね……鏡太君ってば見た目によらずアグレッシブなんだから……いいわ、付き合ってあげ――」

「だから既成事実から離れろよ!」


 出かけることにしました。



「なんでここ……?」

「いいじゃない!」


 お姉さんに連れられて来られたのはちょっと電車を乗り継いだところにある大きな複合アミューズメント施設だ。お店の上の大きなボーリングのピンが目印!


「実は一度もカラオケって来たことないのよね~」

「ええ? あ、まあそうか……お嬢様だから……?」


 秋洲家の威容を思い出す。日本舞踊は習ってもカラオケには行かない家だろう。


「あれ? でもお姉さんって中高どうだったんですか?」

「うーん……いわゆるお嬢様学校よ。カラオケ屋さんは不良が行くところって教わってたから行ったことなんてないわ」

「大学は? サークルとかゼミとか、友達とかで行かないですか?」

「…………」

「あっ……(察し)」


 悲しげに目を伏せたお姉さんを前にして、俺は慌てて


「そそそそういうこともありますよね! 俺もそんなに行ったことないです! いやあ楽しみだなあ! カラオケ!」

「……鏡太君はやさしいわね……さあ! 行くわよ!」


 お姉さんは俺の手をぐっと掴むと、ぶんぶんとそれをふりながらお店に入っていった。


「は、恥ずかしいですよ……」

「いいじゃないいいじゃない♪」


 ずかずかと受付まで歩いていくと、お姉さんはぐっと店員さんを睨んだ。


「一番いい部屋で!」



「あんなオーダーする人初めて見ました……」

「カラオケ屋さんって難しいのねえ……ダム? だかジョイ? だか」

「それはなんでしょう……人によって好みの差はありますがカラオケ初めての人はそんなに気にしなくていいと思いますよ」

「ふーん……あ、お料理もあるじゃない!」

「割高ですけどね」

「?」

「そこで世間知らず感出さないで」


 とりあえずフライドポテトとドリンクを頼んで、俺たちは早速歌の入力を始めることにした。


「このタブレットに入力すればいいわけね」

「お姉さんってどんな歌聞くんですか?」

「スキッドロウとかメタリカとかかしら……」

「ヘヴィメタ!?」


 俺でも名前は聞いたことのある大御所ヘヴィメタルバンドだ。さっきまでのお嬢さま感はどこへ行ったんだ?


「お母様が厳しくてね。反動なのか私にも反抗期? みたいな時期があったのよ」

「今でも十分反抗期だと思いますけど……」

「それでなにか『ワルい』ことをしたくて、夜中にこっそりとヘヴィメタルを聴いてたわ。最初はなんて野蛮な音楽かと思ってたけど、これがもう聞けば聞くほど……魂の振動を感じるってこういうことなのね」

「意外過ぎる……」

「あら、入ってるじゃない!」

「歌うの!?」


 初めて触る機械なのになぜか熟練したようすでぽいぽいと名だたるメタルの名曲を登録していくと、お姉さんは意気揚々とマイクを持った。適応の速い人だ……

 そしてその実力は如何に。



 めちゃくちゃ上手かった……

 才女すぎる……


 ポテト運びに来てた店員さん泣いてたもん。感動で。

 なんか部屋の前に人だかり出来てるもん。音漏れだけで人の心鷲掴みにしてるもん。


「はい! 次は鏡太君の番よ!」

「歌えるか!!」


 カラオケ屋を出ました。



「もう! 鏡太君の歌聞きたかったのに!」

「また今度で……」


 あの状況で歌える奴はいない。それこそメタリカご本人様くらいじゃないとあの雰囲気では歌い出せないだろう。


「次はどうしようかしら……」

「ボウリングとか? すぐ上の階ですよ」

「いいわね! ……あっちのはなにかしら?」

「? ゲームコーナーですね」

「ゲームコーナー!?!? だめよ鏡太君!! カツアゲ? されちゃうじゃない!」

「いや大丈夫ですよ。いてもオタクばっかりですって(偏見)」

「そういうものなの?」

「そういうものです。今の時代って不良はどこに溜まるんですかねえ……」


 まあそんなことはさておき……

 子供のように目を輝かせてそこらじゅうを駆けまわるお姉さんに引きずられながら、俺はシューティングに音ゲー、ボーリングにプリクラまですべての遊びを網羅した。


 お姉さんがありとあらゆるスコアを塗り替えていって、その度に周囲の人間からの憧憬の眼差しを受け、横にいた俺は嫉妬の眼差しを受けたことは言うまでもあるまい。


 きらきらと輝くお姉さんの目を眺めながら、俺は苦笑いした。


 たまにはこういうのもいい。


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