表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/58

引きこもりとストーカー事件の解決

「で、この人どうするの?」

「うーん……」


 再度簀巻きにされた冬峰さんを見下ろして、俺たちは会議を始めていた。


「……もう煮るなり焼くなり、抱くなりキスするなり好きにしてください」

「するか!」

「……がーん」


 本気で悲しそうな顔で、冬峰さんは俺の布団に顔をうずめた。やめて?


「……あら? これは免許証かしら?」


 お姉さんがクローゼットから何かを拾い上げたようだ。その白い小ぎれいなものは……財布?

 どうやら冬峰さんが慌てて落としていったものらしい。


「『冬峰冷華』、『23歳』、『普通』、『準中型』、『中型』、『大型』……大型!?」

「大型免許持ってるんですか!?」

「……車好きだから」


 すげえ!


「……鏡太さんなら30トントラックの横に乗せてもいい」

「乗りたい乗りたい!」

「きょーくん!」

「はい……」


 夏南に一喝されて我に返る。だっておっきい車ってかっこいいじゃん……男の子の憧れじゃん……


「……心配しなくてもあなたは荷台に載せてあげる」

「乗りたくないわ! ……というか」


 夏南はお姉さんが読み上げた情報に引っかかりを覚えたらしい。


「冬峰冷華ってたしか、公式では20歳って発表してたよね?」

「…………それは」


 夏南は結構ドラマとかも見るので、そういう芸能人の情報には詳しかったりする。


「鮎、読んでるの?」

「それを言うなら鯖よ夏南ちゃん」

「そう言ったもん」


 そのものずばりの指摘を受けて、冬峰さんはバツが悪そうに黙り込んだ。


「……事務所の方針です」

「ふーん。演技派で売ってるのに、意外とそういうところもあるのね」


 いつにもまして夏南は攻撃的だ。ストーカー相手だから仕方がないが。


「……わたくしだけではありませんよ。例えばほら、○○とか××とか、それから――」

「ちょっとストップストップ! 簡単にバラさない!」

「……死なばもろとも」


 無表情で道連れを宣言する怖い女優は置いといて、俺はそんな冬峰さんの見た目に驚いていた。

 どう見たって俺よりも年上には見えない。小柄だし、顔のつくりもかなりその……幼く見える。それこそ人形みたいだ。

 だが、どれほど有名でそれほど美人だろうが、ストーカーなんてことが許されるわけがない。される側は怖くて不安だし、なにより危険だ。する側にだってメリットがあるわけではない。目を覚まして正しい社会生活を送るに越したことはない。そこに新しい出会いだってあるかもしれないし。

 それに、俺が冬峰さんを助けたのは本当に偶然だ。

 俺は身をかがめて、ベッドの上の冬峰さんと目を合わせる。……なんだかずっと見つめていると吸い込まれてしまいそうだ。


「冬峰さん?」

「……冷華と呼んで」

「いや、そういうわけにはいきません」

「……じゃあ、鏡太さんのパンツで――」

「よし冷華さん、よく聞いて」

「……うれしい」


 俺のパンツ『で』なにをされるのかは怖いから聞かないことにした。

 世の中には知らないままでいるほうが幸せなことも多いことを、俺はこの半月ほどで思い知ったのだ。あと隙を見つけては俺の布団をむしゃむしゃするのやめて。


「あなたがしていることは間違いなく犯罪だし、普通なら警察に通報するようなことだ」

「……はい」

「でも、冬峰さんの活動で元気をもらっている人はたくさんいるし、ここで冬峰さんがスキャンダルになるような事態にはしたくない。だから、一回だけ許してあげる」

「…………いいのですか?」

「一度だけだよ。次に家の中で見かけらたらもう許さない。いいね?」

「……ありがとうございます」

「夏南とお姉さんもそれでいい?」

「まあ、きょーくんが言うなら」

「私もそれでいいわ」

「じゃあ、そういうことだから。今日はもう帰ってね」

「…………痛み入ります」


 冷華さんはその透き通るような声で言うと、布団の中で深くお辞儀(?)をした。


 そして夏南に解放され、冷華さんはようやく布団から解放された。優雅な足取りで玄関に向かう。


「……この度はご迷惑をおかけしました」

「うん。いいよ。誰にだって思いつめる時期はあるもんね。でもその頭にかぶってるパンツは置いて行ってね。俺のだから」

「……おみやげにもらっていってもだめですか?」

「だめ」

「……ぜったい?」

「絶対」

「……じゃあせめて鏡太さんの歯ブラシで――」

「パンツ一枚くらいならいいよ! じゃあね! バイバイ!!」

「……すごくうれしい」


 こうして、ほくほく顔で人気女優・冬峰冷華は八咫野家を去っていった。

 なんでストーカーなのに満足げなんだよ。


「これでよかったのかしらねえ」


 静寂を取り戻した家の中で、お姉さんが呟いた。


「よかったんじゃないですかね?」

「あの子にとってはね」


 お姉さんはなにやら不穏な言葉を発した。


「……まあいいでしょう。それよりもほら!」


 パンッ! と手を打つと、お姉さんは俺の腕をぎゅっと抱え込んだ。

 うお……お姉さんのたわわが腕を包んで……


「お出かけしましょ! 美味しいパンケーキ屋さんを知っているのよ!」

「えーなにそれー夏南もいきた~い♡」


 夏南がすかさず俺のもう片方の腕を抱え込んだ。あと二段階を経れば完璧な『飛びつき腕ひしぎ逆十字』が極まる構えだ。


「貴女は家に残って酢昆布でもしゃぶってなさい」

「あんたこそ家で岩塩でもかじってなさいよ」

「ガルルルル……」

「キシャーッ!」

「まあまあ……どうどう……」


 ふう……まったく。

 俺は二人をなだめながら胸の中で息をついた。


 この二人だけでも大変なのに、もう一人ポンコツが増えるなんて冗談じゃない。今こそ貞操の危機だけで済んでいるが、ストーカー女優が増えてはそれこそ命が危ない。

 年明けには復学したいから、それまで負担はなるべく減らしたいところだ。


 それにしても、俺も成長したなあ。

 ストーカー相手にも正しい対応ができた。こう穏便に、後腐れなく解決できて本当に良かった。




 ……今思えば、そう考えていたこの日の俺は本当に救いようのないバカだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ