引きこもりと人気女優
ストーカーさんは弱かった。
というか夏南が圧倒的に強いので、見るからに出不精な感じのストーカーさんは一瞬のうちに簀巻きにされてベッドの上に転がされた。
「……無念」
「びっくりするほど弱いんだけど……」
一応抵抗をしているつもりなのか、暗い目の少女はもぞもぞと動いているが、なんら効果がないようで簀巻きに使った布団が少し波打っただけだった。
というか俺の布団を使わないでほしい。怖いから。
「なにごと!?」
流石にこの大騒動で階下まで音が響いたのだろう。お姉さんが俺の部屋に飛び込んできた。
「……うん?」
当然ベッドの上に転がっている謎の美少女に目が行ったらしく、お姉さんは目を丸くして彼女の顔をじっと見つめるようにした。
「…………え!? 冬峰冷華!?」
十秒ほどして、お姉さんのそんな声が部屋に響いた。
★
「「冬峰冷華!?」」
俺と夏南の声が同時にこだまする。
「じょ、女優の冬峰冷華ですか!?」
「でも確かに……」
冬峰冷華といえば今まさに大ブレイク中の若手女優だ。古風な日本美女然としたビジュアルに加え、シリアスな演技を完ぺきにこなす演技派であることが最大の特徴だ。寡黙でプライベートがミステリアスことが逆に人気に火をつけ、今や新作邦画では彼女が出演していない作品の方が少ないくらいだろう。
そんな冬峰冷華が俺のクローゼットに……?
「まさかね……」
「……そうです、わたくしが冬峰です」
「なんで志村○ん風……? というか、えぇぇええッ!?」
「……はいへーんなじょゆうさ――」
「いや続けなくていいから」
ほとんど表情が変わらないままボケをかます冬峰さん(?)にペースを崩される。ほとんど表情が変わらないあたりはいつかの百目鬼さんを彷彿とさせるが、なんかこっちはあっちよりもアンタッチャブルな感じがする……
「とりあえず……警察だよね……」
「ちょ、ちょっと待ってよ夏南……」
スマホを取り出して通報をしようとする夏南を、俺はそっと止める。
「なんでよ!」
「ま、まあ話くらいは聞いてもいいんじゃないかな……」
「でも鏡太君、相手は犯罪者なのよ?」
「本当に女優さんなら今後のお仕事に関わるかもしれないし」
「そういう考え方が犯罪を助長させるんだよ!」
「それに……」
「それに!?」
「お姉さんも夏南も通報しようと思えばいくらでもできるし……」
「「すいませんでした」」
すばやい謝罪だった。
自覚はあるようなので今日は勘弁してやろう。
★
「いつからストーカーをしてたんですか?」
「......8か月くらい前からです」
「じゃあ...まだ俺が引きこもる前から!?」
「というかきょーくんもなんで気が付かなかったの...?」
気づいたら冷蔵庫の中身がちょっと減っていたり、引きこもりで一人なのにたまに物音がするなあとか思ってたけど...そうか......全部ストーカーのせいだったのか......
「泥棒とかじゃなくてよかったぁ......」
「喜んでいいのかしら...?」
お姉さんが怪訝そうな表情で首を傾げていた。
「なんできょーくんのストーカーなんてしてるの? 女優さんと接点があるなんて思えないんだけど」
「......それは、春先のある日のことでした」
「いや回想に行かなくていいから端的に言いなさい」
「......ぽわわわわ〜ん」
回想に突入した。
★
.......三月末、わたくしは春先の番組再編でバラエティ番組へのレギュラー出演が決まっておりました。
.......とはいえ、わたくし自身が決めたことではありません。例のごとく事務所が決めたことなのです。わたくしは生まれながらに内気な人間ですから、あのような場で活躍できる自信はありませんでした。
……演技とは違い、バラエティーは戦争です。芸人さんやタレントさんが熾烈な争いを行うなか、果たしてわたくしの出る幕はあるのでしょうか? 活動の幅を広げようという事務所の移行は分かるものの、なんとも割り切れない気持ちを抱えたままのわたくしは収録が近くなるにつれて追い込まれていきました。
……ある日のことです。わたくしはここからそう遠くない大きな公園で、ベンチに座り池を眺めていました。落ち込んでいるときはよくそうしているのです。
……静かな水面を眺めていると、よくない考えが浮かんできました。わたくしの悪い癖です。
……まさか死のうというわけではありません。そんなつもりはまったくありませんでした。ただ、ちょっと風邪でも引いたら収録を休めるかな、とは考えました。
……ですから、わたくしは人のいない平日の昼、池の前で服をすべて脱いで――
「やっぱりコイツ今すぐ通報しようきょーくん!」
「ちょっとまって夏南! 待とう!」
…………わたくしは服を脱いで、池の中に飛び込もうとしていました。その時でした。
『な、なななななにしてるんですか!?』
……わたくしの目の前に魔性の童顔が現れたのです。
……一瞬、天使かな。と思いました。
「「なかなかの審美眼じゃない」」
「全然嬉しくない!」
……さておき、天使はよく見たら高校生くらいの男の子でした。正直年下は大好物でしたので、全裸を見られることになんの抵抗もな――いいえその時は気が動転していたのでたまたまなんとも思っていなかったわたくしは、その少年と目が合ってしまいました。とはいえ少年は慌てた風に手で目を覆っていましたが……
『こ、こんなところでなにしてるんですか!? 裸じゃないですかッ!』
……見られた。これで通報されて身元が割れたら、いよいよわたくしも終わりです。ちょっと風邪をひくつもりが大変なことになってしまいました。これでは事務所に顔向けできません。覚悟を決めたわたくしに、しかし少年は意外な反応を見せました。
『も、もしかして自殺!?』
……慌てふためいた少年は、着ていたジャンパーを脱ぎ始めたのです。
『も、もうちょっと待って! な! 事情があるんだろうけど! 今日だけ! 今日だけ生きてみよう! ね!』
……いそいそとジャンパーをわたくしにかけると、少年はなにやら肩にかけていたバッグからなにかの紙片を取り出しました。
『こんなのしかないけど……あげるから! 見つからないうちに服着てね!』
……走り去っていくその後ろ姿を見送ってから、わたくしは渡された紙片に視線を移しました。
『……たこ焼きのスタンプカード……一舟無料……』
★
「……それがわたくしと鏡太さんとの出会いです」
「あ、あの時のお姉さんだったのか……」
「というか鏡太くん、一度裸を見た女の人のこと忘れてたの……?」
「顔なんか見てなかったんじゃない?」
「え……なんで俺が非難される流れになってるの? ちょっとぐらい褒められてもいいよね?」
「……あの後、わたくしは気分を一新して番組に臨み、驚くほど上手く乗り切ることができたのです」
なぜか迫りくる夏南とお姉さんに怯えていると、ベッドの上でもぞもぞしている冬峰さんの目が妖しく光った。
「……隙ありです」
ぬるりと布団から潜りでると、冬峰さんはそのまま逃げ――ずにクローゼットの中に飛び込んだ。
そして次の瞬間には夏南に首根っこを掴まれてまた簀巻きにされていた。
「……やってしまいました」
うーん……
俺は唸った。
「またポンコツかあ……」




