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空き巣と夜這い

床で伸びていたお姉さんをなんとか引っ張り起こしてリビングのソファに寝かせると、俺は氷枕でお姉さんの後頭部を冷やしにかかった。


「なんで空き巣の介抱なんてしてんだろうな……」


 とりあえず、今この場で通報することはやめることにした。緊急性は感じられないので彼女が起き上がってから相談してもいいという気分だったし、それになんとなく警察に相談してもこの人が空き巣だと認定してくれなさそうだった。


 こんな綺麗なポンコツだけどが空き巣で俺の家に侵入してきたって言ったって信じるか? いいところ痴話喧嘩として軽く処理されそうだ。最悪の場合、お姉さんが言ったように俺がストーカーとして捕まる可能性も……?


 いやいや……


 呼吸の度に大きく上下するたわわな双丘から視線をそらしながら俺は頭を抱えた。

 見たところ身なりも悪くないし、なんで空き巣なんかしたんだろう。確かに我ながら我が家は大きいから盗み甲斐はありそうだが、しかしどう見たって目の前で気絶している彼女は泥棒には見えない。


 起きてから聞くか……


「ああもう! 面倒なことになったなあ!」

「……ぅう」


 俺の嘆く声に反応したのか、お姉さんが小さく呻いた。目を覚ましかけているのだろう。

 あまり刺激しないよう、静かに起こそう。俺は紳士だ……紳士的に……紳士的に……


「……ストーカーに監禁されてやらしいことをされるなんて……」

「まだしてねえよ!!」


 叩き起こした。紳士的でもなんでもなかった。

 やらしいことなんてするつもりもないからな! ほんとだぞ?


「はっ!? ここはどこ……私は誰……」

「ここは俺んちで、あんたは空き巣です」

「そうだった……私は秋洲香波だった……」


 痛そうに後頭部を押さえながらお姉さんは体を起こした。まだ混乱している様子だ。


「ほら、お水です。飲んで落ち着いてください」

「あら、ありがとう」


 俺が差し出したコップを行儀よく両手で受け取ると、お姉さんは静かに水を飲み始めた。こうして見ると凄い綺麗だなこの人……ますます空き巣だとは思えない。


 どことなく品がよさそうだし、着ている服からもそれとなく裕福そうだ。


「それで、なんで人んちに侵入したりしたんですか? 言っときますけど立派な犯罪ですからね」


 くぴくぴと水を飲むお姉さんを眺めながら俺はそう聞いた。

 ぎくり……とお姉さんは肩を縮めるとバツが悪そうにぼそぼそと呟き始める。


「それは……その……」

「その……?」



 ぎゅるるるるぅ~~~…………



 そんな間抜けな音がリビングに響いた。



「…………」

「…………」



 気まずい沈黙……


 音はお姉さんのお腹から響いていた。



「三日間なにも食べてなくて……それでちょっと錯乱しちゃって……」

「錯乱しちゃって?」

「気付いたら窓をブチ抜いてました……」

「ぶっこわれてんのかお前」


 どこの馬鹿が腹減ってるときに人んちの窓ガラス割るんだよ。 


「仕方ないですね……事情は分かりませんがとりあえずなにか食べてください」


 また家の窓ガラス割られたら困るし。

 俺はキッチンの冷蔵庫を開きながら中身を確認する。まともなもの入ってないな……


「なにか嫌いなものとかあります? あんまり対応はできないですけど」

「嫌いなもの……」


 背後でお姉さんが思案する素振りを見せた。


「四捨五入……かしら」

「やっぱ年齢気にしてんじゃねえか!」



 え、なに、25歳なの? そんな気にしなくていいと思うよ? 



「食べ物のですよ食べ物! 好き嫌いはもうどうでもいいですから、アレルギーとか持ってたら教えてください……」

「女子高校生の制服がアレルギーよ」

「だから食べ物だっつんてんだろ!」


 シュークリームを口にぶちこんでやった。これでしばらくはこの女も黙るだろう。

 疲れた……ただただ疲れた……


「はあ……もうなんかどうでもいいです……」


 俺はソファに腰かけて頭を抱えた。空き巣と鉢合わせたら死ぬなんて思ってどぎまぎしたものだが、実際はとんだポンコツ女だった。ちょっと美人だから最初はどきどきしたけど、話しているとなんとも残念そうだ。美人だけど! 巨乳だけど!


「通報とかもしないですから、それ食べ終わったらさっさと家から出てってください。ここにお金も少し置いていきますからね。うちに盗めるような金目のものなんてありませんよ」

「もきゅもきゅ……」


 お姉さんはシュークリームを頬張りながらなにやら喋ろうとしている様子だったが、俺はそれを無視して二階の自室へ向かった。もうこれ以上の面倒はごめんだった。まだ午後だが寝よう。俺に時間は関係ない。


 現実から目を背けるようにして自室のドアを閉めると、俺は再びベッドに横たわった。カーテンを閉め切った部屋は、隅に木刀が転がっていること以外なにも変化していない。ちょっとしたトラブルはあったが、やはりこの暗い部屋が俺の居場所だ。


 目を閉じると自然と睡魔が襲い掛かって来た。久しぶりに大声を出して疲れたからだろう。


 起きたころには変な空き巣女もいなくなってまたいつもの日常に逆戻りだ。沼の底のように平穏で、そして死ぬほど無気力で退屈な日常の再来だ。



(……まあでも、もう少しあの人と話してもよかったかな)



 不思議とそんな気分になったが、急激に降りてくる眠気には抗うことができず、俺は意識を深い眠りに落とした。


 



 俺は甘い匂いで目を覚ました。



「ぅうん……?」



 朦朧とする意識の中、最初に視界に入って来たのはそう、際限なき肌色…… 


 それは母性と性愛を感じさせる魅力のたわわ……


 って……!



「おっぱいだこれ!」



 起床の挨拶としては最悪の部類であるそんな一言を発して、俺は飛び起きた。


 空き巣のお姉さんが全裸で俺に跨っていた!




「起きたわね少年」


「え? え???」




 混乱する頭で俺は思考する。


 どういうことだ?? 



 たゆんっ。


 とお姉さんの胸が揺れた。




 俺は考えることをやめた。


 男なんてこんなもんよ。



「私をなめてもらっちゃ困るわよ少年」



 俺の顔の両側に手をつきながら、お姉さんはどこか誇らしげにそう言った。



「私が油断している隙に通報しようって算段でしょ? そんなことお見通しよ、私がそんなバカに見えるのかしら?」

「見えるよ! 見えちゃってるよ! 底なしの馬鹿だよあんたは!」



 俺の必死の訴えを無視して、お姉さんは覆いかぶさるようにして俺の右耳に顔をぴったりと寄せた。


 やばい! これやばい!! 髪のいい匂いとか俺の胸板にあたってる柔らかすぎる感触とかがやばすぎるってこれ!!!!




「だ・か・ら」




 耳元で吐息交じりでそう囁くお姉さん。


 俺は思わずビクリッと体を震わせた。




「お姉さんがぁ……こうしてぇ……口封じをぉ……して、あ・げ・る❤」




 もともと通報するつもりなんて全くなかったけど、こうして耳元で甘くささやかれながら掌で服の下の下腹部を撫でられると意識がぶっ飛びそうだった。このままでは理性のない獣になってしまう! よくわからない空き巣のお姉さんにエッチな口封じされちゃう!!


 やだ! こんな初めてやだ!


 貞操の危機を感じながらも体は鉛のように動かない。体が本能に従順すぎる!! 



「……ッ!」



 目を閉じて『その時』を待つ。お父さん……お母さん……ごめんなさい……



……………………


………………


…………


……






「アレ?」



 しかしどれだけ待ってもお姉さんから次のアクションが現れない。

 もしかして焦らしプレイというやつだろうか。


 そっと目を開けてお姉さんの方を見遣ると――



「Zzzzzzzzz…………」


 

 すぅすぅと可愛い寝息を立ててお姉さんは寝ていた。



「……」



 俺は半目で視線を天井に向けると、全裸の空き巣を体の上に乗せたまま呟いた。



「ポンコツすぎる……」 

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