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空き巣とスニーキングミッション

 やばい。

 ピンチだ。


 俺は頭を抱えていた。全裸で。

 お姉さんと夏南が来て以来最大のピンチが、今俺を襲っている。


 なぜ俺が生まれたままの姿で心底困り果てているのか、それは実に単純である。


「着替え持って来ずにお風呂入っちゃった……」


 とんだポカである。これではもうお姉さんをポンコツだと呼べない。

 『ならさっきまで着ていた服をもう一度着て、部屋まで戻って服を取りに行けばいいじゃない』

 そうかもしれない。

 でもそうはいかない。


「くぅ……効率主義が仇となったか……」


 ゴウンゴウン……と音を立てて回転する洗濯機を絶望的な目で眺めながら、俺は浴室のドアを閉めた。朝風呂に入る際、着替えを入れてすぐに洗濯を開始すると、風呂から上がってのんびりしている頃には洗濯が終わるという算段なのだ! すごい! 効率的! でも今は絶望的!

 引きこもっていたころなら堂々と全裸で部屋まで戻れていたのだが、今やバスルームの外には女の人が二人もいる。ポンコツで残念とはいえ、お姉さんも夏南もとびっきりの美人だ。すっぽんぽんで飛び出すのは男としてはキビシイものがある。


 だめだ……寒い……湯冷めして風邪を引いてしまう……

 これ以上二人に迷惑を掛けたくない……アレ? なんか迷惑をかけれられているのは俺だった気が……


 ブルッ!


「さむっ……もういいや……タオル巻いて出よう……」


 最大限の折衷案だった。正直タオル一枚で二人の前に出るのもいやだけど、背は腹に変えられない。ここは堂々と『なに? ここは俺の家だけど??』みたいな顔で二階の俺の部屋まで行こう。

 震えながらバスタオルを腰に巻くと、俺はそろーりと浴室を出た。そのまま誰もいないことを確認すると俺はリビングへ抜けた。見つかったら堂々と……見つかったら堂々と……


 夏南はまだいい。小さなころは一緒にお風呂に入ったような仲だ、今でも上半身くらいなら問題ないだろう。少し前には海にも行ったしね。

 問題はお姉さんのほうだ。裸を見られて平常心でいられる自信が全くない。またぞろ女装でもさせられたら……


 ガタガタ……


 外からの寒さと心象から来る寒さで俺は再び震えた。

 だめだ、堂々となんてしていられない。さっさと二階に――


「鏡太くーん?」

「うひっ!?」


 凄まじいタイミングでお姉さんの声がして、俺は飛び上がった。

 声はさっきまで俺がいた浴室の方からした。あ、あぶねえ!


 もう少し遅ければ見つかっていた。しかしチャンスだ。このままリビングへお姉さんが来なければ一気に二階に上がれる!

 俺は勢い勇んで足を一歩踏み出した。


 ハラリ……


「げっ……」


 勢い余り過ぎて腰に巻いたバスタオルが落ちてしまった。まずい! フリチンになってしまった。慌ててタオルを拾って腰に巻きなおしていると、


「鏡太くーん?」


 お姉さんがリビングに戻って来てしまった。


(まずい……!)


 俺は慌ててソファの裏に身を隠し、お姉さんの視界から姿を消し去った。


「おかしいわね……どこに行ったのかしら」


 俺を探しているのだろうか? 悪いが今は――


「せっかくスクール水着を用意したのに……」


 見つかったら即死だ!!


 俺は震え上がった。これはまずい! 今ほど水着を着せやすい格好はない! だって全裸だもん。

 お姉さんが右へ動いたら俺は左へ、お姉さんが左へ動いたら俺は右へ……とにかくお姉さんの視界に入らなないように俺は立ち回った。ここへ来てメタルギアのプレイ経験が役に立つとはな……

 男としての尊厳をかけたスニーキングミッションをこなしていると、お姉さんがなにかに気が付いたかのように床を見た。


「あら、湿ってるわね……なんでかしら?」


 しまった……風呂上がりの状態で床を這っていたから床に水滴が!


 必死で身を隠しながら、俺は泣きたくなってきた。

 何が悲しくて自分の家でバスタオル一枚になって這いずり回らなくてはならないのだ。脱引きこもりに再起を誓った矢先にこれだ。


 しかしそんなことを考えている暇はない。お姉さんが床の水滴を追い始めている。水滴のたどり着く先はもちろん俺だ。こっちはまだ二階の階段までたどり着いていないというのに……


 ことここに及んでは立ち上がって自ら居場所を晒すこともできない。不自然すぎるし、なにより確実にスク水を着させられる。そうなったもう社会復帰どころではない。


 お姉さんの動きに警戒しながらも俺は次第に追い詰められていった。


 くそっ! なんで……なんでこんなことに……


 台所の隅に縮こまりながら、俺は顔を覆った。完全に行き止まりだ。台所からどこへも抜けられない……俺はこれからスク水を着させられるんだ……もうおしまいだ……


 お姉さんの足音がペタペタと近付いてくるのがわかる。

 社会的な死へのカウントダウンが始まった。


 あと五歩……四歩……三歩……二歩……一歩……


 俺は諦めて目を閉じ――なかった。


 腐ってもここは俺の家だ。何がどこにあるのかはすべて把握している!

 台所に逃げ込んだのだって二階への階段に近いからだ、そして台所からリビングはそこそこ離れている!

 

 俺は先ほどリビングで手に入れた『それ』を操作した。


「……うわ!?」


 お姉さんの驚いた声が響く。そう、突然電源のついたリビングのテレビに驚いたのだ!

 俺は手に持った『それ』――すなわちリモコンを操作して、次々にチャンネルを変えていく。


「急になによ……」


 そんな言葉と共にお姉さんの足音が遠ざかっていく。

 勝った! 完全勝利だ! 見たか! たまには俺だってやるのさ!!


 小躍りしながら二階へと駆け上がり、俺は自室の扉を開けた。


「これで着替えられるz――」

「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……きょーくんの匂い……」




 夏南が俺のトランクスに顔をうずめてベッドの上で悶えていた。




「すぅ……はぁ……えへへ……でへへへへ……でへ――あ」


 目が合う。


「あ、え、えーっと…………てへっ☆」

「ウーン……」




 俺は気を失った。

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