空き巣とリハビリ開始
さて、地獄のような時間が終わり――え? あの後の展開が知りたい? えぇ……
あの後、一通り俺の宝物の鑑賞を終えた二人はなんだか据わった目で俺を見据えて涎などを垂らしていたが、間一髪俺のズボンが脱がされる直前に家のインターホンが鳴ったのだった。
……くわしい描写はしないぞ?
ただ確実に言えることは、対人関係に対するトラウマの一つに新しい項目が追加されたということだ。
まじで二人とも帰ってくれ。
それよりも記念すべきことが我が家で起こっている。ここ最近の俺にとっては珍しい吉報だ。
「窓が直ったぞ!」
バンザイしてから俺は新品の窓ガラスに頬ずりした。
そう、俺を救ったインターホンは、ガラス屋の兄ちゃんが押したものなのだ。
我が家の猛獣二頭に凄まじい形相で睨みつけられながらも兄ちゃんは見事に窓ガラスの付け替え作業を終えて、若干震えながら帰っていった。ありがとう……そしてごめんなさい……
「これで少し暖かくなるわねぇ」
「あんたは反省しなさいよ」
時間が経ち、猛獣二頭――もとい秋洲さんと夏南も頭が冷えたようで、いつも通り和気藹々とした会話を始めている。仲良しで結構。
そんな二人を眺めながら、俺は精神を整えるために一つ深呼吸した。
こんな二人だが、伝えたいことがあるのだ。それを言うのには勇気がいる。
俺は鼓動が落ち着くのを確認してから、真剣な面持ちで二人に語りかけた。
「二人とも、折り入って頼みがあるんだ」
交互に目を見つめてから、俺は願いを告げる
「俺のリハビリに付き合ってほしい」
★
そう、リハビリだ。
もう引きこもって半年間。いい加減このままではいけないことは分かっていた。こんな情けない様相を呈していては死んだ両親に申し訳ない。こんな時こそ遺された人間は自立しなくてはならないのだ。だってもう成人してんだぜ?
今まではチャンスがないことに甘えていたが、現在家には頼れる……かどうかは大いに疑問ではあるが大人の女性……なのかも大いに疑問があるが――そんな人間が二名いる。
……大丈夫かな。考えてると不安になってきた……
いや! 大丈夫! 二人ともいざとなったらこの上なく頼れることは知っている!
「もういい加減、大学にも復帰しないといけないし。二人に手伝ってほしいんだ」
「ずっとその言葉を待ってたよ……! きょーくん……!」
夏南の目にも光が宿る。そうだよな……俺が引きこもっていた間もずっと心配してくれてたのもんな。
「そうね……私も鏡太君の力になりたいわ。こうして養ってもらってるし」
自覚あったんかい。改めて考えるとこうして正体のしれない空き巣の生活費出してるのおかしくない? まあ深く考えるのはやめよう。
「俺が外に出られないのは、やっぱりコミュニケーションに不安があるからなんだ。夏南とか、それからお姉さんはなぜか大丈夫だけど……でもやっぱりお互い腹の見えない表面上の会話がだめだ。変に勘ぐって勝手にトラウマスイッチがONになってしまう」
「つまり、『誰もが鏡太君に対して悪意を持っているわけではない』ということを自覚できるようにすればいいわけね」
「そういうことです。言語化するなら、『社会では時として、客と店員の関係のように人が手段になったり目的になったりするけど、それは健全なことであって大したことじゃない』ということが感覚的にわかるようになりたんです」
「……」
俺の言葉を受けてお姉さんが一瞬思いつめた表情をした。罪悪感を覚えているような顔だった。
?
まあいいか。
「よ、よくわかんないんだけど……」
夏南が申し訳なさそうに俺を見上げた。
「えっと、きょーくんのトラウマの原因って、確か親戚の人たちがきょーくんの家の財産を狙って迫って来たからだったよね? それで人間不信になって……」
「……そう。でも夏南だって服を買うときとか、店員さんが商品をおススメしてくるだろ? でもそれってお店の人にとって当然のことだよね」
「あー、それが『健全』なことなんだ?」
「そういうこと」
「にゃるほろー……」
夏南も分かってくれたようだ。
「でも鏡太君、頭ではそれが理解できてるのよね?」
「そうなんだ。分かっててもまだキツイ……ってのが問題だな」
「だったら実際にきょーくんを店員さんにぶつけていけばいいかもね。経験を積むことで体が調子を取り戻していくっていうか……」
「いやその言い方だと語弊があるな……」
ぶつけるって……
「でも夏南ちゃんのアイデアには私も賛成よ。荒療治かもしれないけど、実践あるのみね」
「そうか……そうだよな……」
俺も頷いた。確かにそれがいいかもしれない。
「きょーくんがパニックになりそうなら、あたし達が手助けしてあげる。……それならできそう?」
「……」
俺は考えた。あの日の携帯ショップでの出来事を思い出して、この方法でいいのか考えた。
…………
「うん……いける」
俺は口に出して確認した。
「二人とも、協力してもらっていいかな?」
「もちろん!」「当然ね」
二人が頷いた。
こうして、俺のリハビリが始まった。
まともに進むかだって?
そんなの言うまでもない。