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幼馴染の半年間

「し、死んでる……」


 すっかり夜だ。12月も中旬なので、この時間ともなるとすでに外は真っ暗だ。

 燃え尽きた表情でソファにもたれかかる二人を愕然と眺めてから、俺はそっとゲームの電源を切った。もうやめよう。戦争はなにも生まない……


 意識のない二人にそっと毛布を掛けてから、俺は二階に上がって、それからベランダに出た。


「うっ……さぶ……」


 さすがに冷える。そろそろ雪でも降るんじゃなかろうか。

 ダウンを着込んでいても服の隙間から冷たい空気が忍び込んできて、俺は少し震えた。

 こうして冬の夜にベランダに出るのが好きだ。今年はもうしないんじゃないかと思ってたけど、やっぱりいい。

 田舎ほどじゃないが、今日は晴れていてここからでも星が見える。

 息を吸い込むと、冷たい空気が肺を満たした。鼻が凍りそうだ、耳も痛い。でも体の中から目が醒めるようだった。



「オリオン座、やっぱり目立つよね」



 突然そんな声がして、俺ははじかれたように振り向いた。


「……おどかすなよ……」

「ひひひ」


 夏南だった。セーターの上から毛布を肩掛けしている。


「はい、コーヒー。砂糖はなしでミルクが少し。そうだったよね?」

「……うん」


 差し出されたマグカップを受け取ると、寒さで感覚を失っていた両手がひりひりと感覚を取り戻してきた。


「ふぅ……ふぅ……」


 自分の分のコーヒーを息で冷ましながら、夏南はちろちろとコーヒーを飲み始めた。こっちは砂糖もミルクもマシマシだ。


「かわいいな……」

「なっ……!」


 夏南がけほけほとせき込んだ。

 やべ……口に出てた……


「もう! あたしの方がお姉ちゃんなんだからそういうこと言っちゃいけないんだよ!」

「同い年だろ……」


 しかし夏南の主張にも理由がある。

 俺と夏南は同い年ではあるが、俺が四月生まれであるのに対し、夏南は三月生まれ。ぎりぎりで学年が違うのだ。

 つまり、今俺は大学一年生で、夏南は大学二年生。夏南からしてみれば俺の方が弟分ということだ。


「あたしのこと前みたいに『おねえちゃん』って呼んでいいんだよ?」

「過去を改ざんするな」


 一度も呼んだことないわ。

 そして今後も姉扱いするつもりはない。


「……むぅ」

「…………」


 お互い黙って空を見上げる。夏南の言う通り、オリオン座はよく目立つ。


「半年ぶり、だね」

「……うん」


 はっきりとそう言った夏南に、俺は遅れて返事をした。


 『半年ぶり』


 どれほどの意味が込められている言葉だろう。


「お父さんお母さんのこと……その……」

「……夏南が気にすることじゃないよ」


 口ごもる夏南を遮って、それから言葉を続けようとして照れくさくて、俺はコーヒーを一口啜った。俺が一番好きな味だった。


「夏南には感謝してるよ。講義もサークルもバイトもあって忙しいのに、俺なんかのために毎日連絡もくれてさ」

「『俺なんか』って……そんなことないよッ!」


 静かなベランダで急に語気を強めた夏南に、俺は驚いて振り向いた。


「あ……ご、ごめん急に大きな声出して……」

「い、いやいや……あはは……」


 わけもなく誤魔化すように笑うと、俺たちは二人揃ってコーヒーに口を付けた。もういい加減ぬるくなっている。


「……『俺なんて』って、そんなこと言わないでよ……きょーくんを一番大事にできるのはきょーくんなんだよ?」

「……」


 目を合わせることもなく、それでもまた星を見上げる気分にもなれなくて、俺は黙ってうつむく夏南の頭を見つめていた。


「あたしは全然幸せだし、今の生活にも、これまでの人生にも後悔なんてない。きょーくんのことを心配する余裕がないなんて、そんなこと思わないで」

「……夏南はやさしいね」

「だれにでも……ってわけじゃないけどね?」

「え?」


 俯いていた夏南が、すっと顔を上げて俺の目をまっすぐ捉えた。何かを訴えかけるような眼差しだ。

 こ、これって……


「ねえ……もし、もしね? きょーくんがいいって思うなら、あたし、きょーくんにだけ優しくしてあげてもいいんだよ……?」

「そ、それは……」


 これは、これは『そういうこと』だと思っていいのか? いやまてまて……俺だぞ? 今までに夏南はこういうそぶりを見せたことがあったか? いやない(反語) 俺は自分の寂しさから夏南に劣情を抱いているだけだ。親切にしてくれる夏南にそんな失礼な勘違い男ぶりを見せてはいけない。


「……」

「か、夏南……? なんで目を閉じて心なしか唇を突き出しているんだい?」


 なんで何かを待っているような表情を……?


 え、やっぱりこれ、やっぱりこれ! そういうやつ!? マジ!? え、でも……


「……もうっ!」


 待てども俺が手を出さないのでしびれを切らしたのか、夏南が手を伸ばして俺の顔を自分の顔に近づけようとしてくる。


 うわ――


 そう思う間もなく夏南の唇が唇に触れた。




 お姉さんの。




「ちゅ~~~~~~~~~~~~~!!!!!」

「~~~~~~~~ッッッッ!?!?!?!?!?!?」


 突然現れて俺と夏南の間に割り込んだお姉さんの熱烈な迎えキッスに、夏南は目を白黒させていた。


「~~~~~~~ッ ぷはっ!? な、なにすんのよ!!」

「こっちのセリフよ泥棒猫ちゃん! どさくさに紛れて抜け駆けしようだなんて百年早いわ!」

「返しなさいよあたしの初キッスをぉぉぉォォォォォオオオオオオオオ!!!」

「私だって初めてだったわよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 血涙を流しながら慟哭する二人を見て、俺は物悲しい顔になった。

 あと夏南、怒りでベランダの観葉植物くん引き抜くのやめて? 土ごと植木鉢から抜けてるよ? どんな力なの?

 あとお姉さん、大人っぽく見えてその……まだだったんですか? 


「やっぱり殺す! ミンチにしてベランダの肥料にする!!」

「やれるもんならやってみなさいよ!!!」


 取っ組み合いながらベランダから室内にもつれこみ、一階へ続く階段を転げ落ちる二人を眺めてから、俺は手に持ったマグカップの中身を口に流し込んだ。



 完全に冷めていたが、やっぱり俺の大好きな味だった。

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