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流れる   作者: 白石 瞳
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第6話  真理子の考える母と娘

 男と女は月の引力で引き寄せられるように、何か見えない神秘な力が働いてくっつくのかしら。弾ける時は磁石のようにパーンと弾かれたって感覚なら心の傷の手当ても複雑じゃないかもしれない。どちらもお互いに嫌悪感があるから。


「空気みたいな存在」の関係がモヤモヤする。それだけじゃなくて煉瓦に入った小さなひびが修復できる間は気がつかずに、気がついてなんとかしようと思った時には崩れているからやり切れないのよ、きっと。


 ***


 私の母は、私を産んだ後も父からの認知を拒んでいたらしい。父親のことを私から聞いたことがあったけれど教えてはくれなかったし、でも、父親がいなくても淋しくなかったわね。

 困った時というのは、園や小学校の時の「父の日」に似顔絵を描いたり作文だったけれど、好きなタレントの顔を思いついて描いて「パパのかわり」でも、先生からは何も言われることはなかった。何人かのクラスの子が「変だよね。」と言い合ってるのは聞こえてきたけれども。


 母は夜の仕事だから帰宅後も疲れていたはずなのに、お弁当が必要な時には必ず作ってくれていたんだった。夕飯を共に出来なくても作ってくれてたし、私が大きくなってからは母の分を作っておいたり。

 高校生の時だったかしら、

「朝は野菜ジュースだけでいいわ。」

「あら、おみおつけだけでも食べて欲しいわ。野菜が一杯よ。」

 なんて言われて、ダイエットしていたんだけど食べたわね。それに美味しかったから結局はご飯まで頂いて。


「ママ、これはあ、ダイエットにならないわ。」

「じゃあ、夕飯はグラタンにするけど私だけ食べちゃうわよ。」

「いいわよ。カロリー高いじゃないの。本当は好きだって知っていてそんなこと言って、ママって意地悪なんだから。」

「まあね。ダイエット考えるなんて、あなたも年頃なのね。大きくなってくれて・・・。はい、行ってらっしゃいな。」


 1日に10分でも話せば私の調子もわかってくれていたし、台所のテーブルの上のメモのやり取りもしていたから、それで十分だった。何となく嫌なことがあった時には私は台所に座ってコーヒー飲んでるから、何か言いたそうな私を察知して母もお茶を入れて座っていた。あちらから何か口を開くことはなかったけれど、寄り添っていてくれた。ただ、話を聞いて頷いて、「そうだったのね。」「嫌だったわね。」って言ってくれたのが嬉しかったのよ。


 ***


 光源氏の世界。

 そこでは、女性が親の道具とされていた。でも、男性は1度でも契ると女性やその子供の面倒をみていたらしい。そうか、ピーターの話しの、貴族達も自分が交流した相手の子供を後に引き取って妻に育てさせたんだったわ。きっと、その子供が育つまでは女性を助けていたんでしょうね。


 朧月夜の君との逢瀬がばれてしまって源氏は明石に送られる罰を受けたけれど、新しい場所で知り合ったのが明石の姫君。彼女の父親が積極的に娘を引き合わせようとしていた。


 ”あたら夜の 月と花とを 同じくは 心知られむ 人に見せばや” (入道)


 美しい月だけではなくて、娘を見て下さい。


 紫の上もいないし、淋しい。誰でもいいというわけでもないんでしょうけれど、気になる明石の君に文を渡す。彼女は、昔好きだった六条の御息所みやすどころのように知性があったし、美しかったらしい。

 それを知った紫の上は怒りと悲しみで一杯で、光源氏に文を送った。自分だけをと思っていたのに他の女性に目がいくのを聞くのは悲しいものだわ。離れていると、余計に信じられなくなるものでしょうね。


 ***


 欧州の貴族の夫人。夫は以前の恋人との間の子供を引き取ったけれど、妻は自分の恋人との間に出来た子供を相手の男性の家に渡すしかなかった。

 明石の君にも子供が出来て、源氏は母娘を京都によぶことに。母親の身分は低いから娘の将来を考えて紫の上に託してしまう。


 わからないわ。貴族の妻達にしても明石の君にしても、それはどんな気がしたんだろう。愛した人の子供を手放して自分で育てることが出来ないなんて。近くにいながら子供を抱きしめることが出来ないのは、とてもやるせないじゃないの。

 もしも私の母が何らかの理由で私を手放すことになっていたら? 母だったら私にしがみついて渡さなかったんじゃないかしら。


 母と喧嘩をした時に、わたしはぶつけたことがある。「どうして私を産んだのよ。」って。意味はないわ、ただ、負かそうとして母を貶めるために言ってはいけないことをね。

 母は毅然という感じでもなく、怒るわけでも悲しそうでもなく一言だけ言ったの。

「あなたに会いたかったの。産みたかったのよ。」


 ***


 わかる気がしてきたわ。母は世間からも父の奥様からも、自分と私を守るために自分からは何も欲しがろうとしなかったんだわ。

 もしも、どうしても私を手放さなくなって母と離れていたらって想像すると淋しいけれど、きっと彼女なら何らかの方法で私に愛情を示してくれていたような気がする。

 そうなんだわ。貴族の妻も明石の君も、娘のためといえ、泣く泣く手放した。子供とは一緒に暮らすことは出来ないけれど、愛情は私の母と同じでとても深くて。きっと、その想いは子供に伝わっていたと思う。


 だから、私は愛されていたから・・・母が逝った時に父の存在をはっきりと知っても特別な感情が沸いてこなかった。父の代理で来た人に、どう接していいかはわからなかったけれど。


「自分で来たらいいのよ。」

 って、母が「姐さん」と親しくしていた女性に呟いたら、彼女が上手く橋渡しをしてくれた。

 この人は、やっぱり知っていたんだわ。父と母の経緯いきさつを。私に何も教えなかったのは私のためにということもあるかもしれないけれど、母のために。彼女と母の約束というか絆があったんだと思うわ。私はこの2人の女性がより好きになった。なんて素敵な女性達なんだろう。


 そうね、母の葬儀にも顔を出さなかった父も、もしかしたら世間体のためだけじゃなくて、母の気持ちを優先したというのかしら、想いを理解していたからなのかもしれないわ。


 そう思いたいのよ。だって、父からは認知をしたいと言っていたみたいだし、母からそれを拒まれても反対することもなく私を産ませたようだったから。

 何も要らないという母だったけれど、父は「母でなく私に」と応援をすることはあったと姐さんから聞いたの。私は父からも望まれて産まれて来たのよ、きっと。まだ会ったことがない父にもね。


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