第49話 大丈夫よ ~心の隙間、恋の風と悪夢だけど
淋しい心にすき間風をいれちゃう、か。
父の言うように、もう恋なんかしないとか、暫くは考えたくないと思ってもそんなことはわからないけれど。すき間風であろうが何であれ、惹かれるっていう心の動きはとめることは出来ないから。
だけど、私は少しは異性をみる目が出来たと思う。異性というよりも、人や物事をみることが。前から左右から、斜めから、いろんな角度から知ろうとしてるわ。苦しみもあったからだろうし、夏美さんからの影響も大きい。
デパートに来て夏美さんたちへのお祝いを選ぶ。
どうしても私の好きな桜の花に目がいってしまうけど二人のイメージではない。可愛すぎるかもしれないけれど野菜の形のなんかもいいわね。細長いつくりだから箸がおきやすそう。
箸ってペアにするとよくわかるけど、男性の物は長くて女性の物はそれよりも短いわ。茶わんや湯飲みも代償違う。西洋の食器だと関係がないのにね。
洋食器のコーナーをみててなんとなく夏美さんにピッタリの花柄のティーカップを見つけた。上に青いラインがあって下側に濃いピンクの小さな花が間をあけて四点。花が四弁でクローバーみたいなのよね。北沢さんはコーヒーがお好きだったかしら。う~ん、カフェオレなら広めのカップでもいいし紅茶も飲めるから。
ふふ。その人をイメージして選ぶのって楽しいわ。なんだかカップもプレゼントしたくなってりぼんをつけてもらった。
突然に伺うよりも連絡してからの方がよさそうね。二人そろっていた時の方がいいし。
丁寧に梱包してもらって帰宅して彼女たちの笑顔を想像してみた。夏美さんは調子には波があるみたいだけど大丈夫かしら。今は北沢さんからの愛情で満たされてるだろうし、何も話してこないから私から聞くことはしない方がいいのかしら。
和田君からの連絡があって、前の件のお礼に食事に誘われた。幼児期のトラウマについての参考になる資料もあるから渡したいとも。
「日曜より平日の方が助かるわ。
和田君のご都合は?」
「今週だと金曜は仕事が遅くなるから木曜日の夜でもいいかな?
真理子さんはどんなものが食べたいだろう、予約しておくから」
「そうね、私は大抵のものが食べられるのよ。
最近この間は洋食を食べに行ったし自分でも作るから、和食が食べたくなってきたわ」
彼とは七時に待ち合わせをした。直接ビルの中に行くことに。
洋食だけじゃなくて、私、最近外食が多いのよね。太ってしまわないように気をつけないと。
エレベーターに乗って上に行くにつれて耳がキーンとした。店の近くの展望できる場所に和田君がいて窓の外を見ていた。カツンカツンとヒールの音が鳴るからか彼が気づいて振り向く。
「お待たせしました」
「窓にうつったよ」
「そうだったの。
少し外を見ようかな」
夜なのに明るい。月の光じゃなくて車のライトやビルの窓の電気が、まだ人々が動いてるってことを示す。かなり高い階だから人が歩いてるのは見えないわ。街路樹らしきものが見えるのは電灯のためかしら。通るときは、植物があるなんて意識してなかったけれど。
「懐石でよかったかな」
「わぁ、嬉しいわ。でも、私へのお礼に贅沢。仕事しなかったんだもの」
「僕も落ち着いた店は久しぶり。来たことあるけれど、リーゾナブルだから気にしないで。
個室がとれてね、夜景がそこからも見えるよ」
案内されると彼は以前の仕事の話をし、私のための文献を封筒に入れて渡してくれた。
「どうもありがとう。
最近、私ご馳走されてばかりなのよ。
つい先日は母の知り合いとレトロな洋食屋さん。その前は父と和食。知り合いともランチしたかな。
無理ないようにって自分にいいわけして、一人でも外食が多いのよ」
「あれ? 真理子さんって確か母子家庭では・・・?」
「うん。でも、父はいるのよ」
昔は大学でも誰にも両親のことは話してなかったんだったわ。杉田先輩が知ってるくらい。
「この間の不登校の子はね、どうも家では勉強はしてるらしい。家族と口をきかないし台所にも顔を出さないからお母さんが食事は廊下に運んでて」
「廊下に。お父さんやきょうだいはどうなのかしらね」
「彼が長男で下には4歳離れた弟がいるんだけど。父親が厳しいようでね。お母さんが仲介役のような感じになってきたけど、最近は何を言っても部屋から出ないようで」
「そうなの。お母さんも大変よね、疲れてそうだわ」
和田君は、可能ならば家を訪問したいって言ってたわね。食事を廊下に置くのはお子さんが出てきてくれないから。でも、お腹は空くだろうからと。
「ねえ、お父さんは誰に対しても厳格のかしら?」
「彼に対してみたいだよ。
長男ってのは父親がついライバル意識か、期待なのか、してしまうんだよね」
ちょっと思うことがあったけれど詳しく家庭のことを知らないし私が言うのも気が引ける。和田君は自分の力でやってみると考えてるんだから。
窓から見る都市部の様子。さっきの方向とは反対側だけど、同じようにどのビルでもほとんどの窓は電気がこうこうとついてる。黄色でなくて、白い光となって夜の空に。
時間って永遠にあるのもじゃないけれど、細切れのように人の生活を制約してしまうわ。夜も白い目が痛くなるような電気の下で働かないと食べていけない、家族を養っていけないし。
仕事の納期限が決まって押されてたり会議はいつどこで何時に、か。
父親が不在のまま夕食を食べて、朝も出勤や登校の時間が違うと別々の食事時間。父親が悪いってことじゃないけれど、週に何度顔を合わせて食事をするのかしら。子供は塾にいったり。私は父がいなかったけれど、一緒に住んでいても家族の皆がそろうのは少ないんだろう。
「あの、真理子さん?」
「ご、ごめんなさい。ボーとしちゃってたわ」
「あら、もう次はデザートだったわね」
「今日はまだ時間あるかな?」
「ええ。そうね、9時前なのね。
大丈夫だけれど」
その店を出た後に、彼はそんなに飲めないけれどバーに入った。静かなビルの店とは違って、これから仕事に行く人が何かつまんだり、サラリーマン同士、男女、活気がある。
「私、そんなに飲めないからどうしようかしら。
モスコミュールかな」
まだ彼は仕事のことで困ってるのかしら。急に話さなくなった。
もしかして私、yesと言ってはいけなかったのかもしれない。
「真理子さん、離婚したからというのも失礼な言い方だけど。
よかったら時々、食事しませんか?」
***
北沢さんが言うには、真理子さんは婚姻届けのサインを考えさせてほしいって。元旦那さんのことを気にしてるからためらってるのかもしれない。
お祝いはにこやかに何がいいかって聞いてくれてたし、心から私たちのこと喜んでくれてたけれど。あの人も渡さんから不快な態度をとられてきてて。
彼の子がもうすぐ私から生まれる・・・吉野さんや北沢さんは気にしてないのか気にしないようにしてるか、わからないけれど。真理子さん、複雑な気持ちでいるよね。
「夏美ちゃん、名前は考えてる?」
「ん? ああ、お腹の子の。まだ性別きいてなくて。産まれてからの楽しみにしてるからって先生に言ってあるの。両方考えなきゃいけない。北沢さんは、性別を知りたい?」
「いや、楽しみはとっておきたいよ」
彼は私がいくつか候補をだしてみて相談しようかって言う。私は占いとか画数は気にしない。北沢。私は北沢夏美になるんだ。
「北沢さんもいくつか考えてみて」
「名前っていえばね、僕にも下の名前があるじゃない?」
「うん、健吾さん。なんだか北沢さんに慣れちゃったからどうしよう」
「ははは。いいよ、ニックネームが北沢さん、で」
「親しい人からは何て言われてたの?」
「健ちゃん、とか呼び捨てだったかな」
男の子じゃない方がいい。もしも、あの渡さんに似てしまったらって思うと怖いから。でも、女の子だと。私と同性でママと上手くいかなかったから気になる。
いいの、こんなこと考えても仕方がないよね。誰に似るかなんてわからない、私の知らない祖父母に、かもしれないわけだし。
夜は、ひどい悪夢をみてハッと目がさめた。
私が産んだ子は男の子で、あの犯した男の顔をしてて。ママが冷たい目で私をにらんでる。「北沢さん」って何度も呼んでも来てくれなくて・・・。
「いや、来てっ。助けて」
自分の声で目が覚めた感じ、嫌だ、息が落ち着いても眠れない。
なんの音だかわからないけれど目が覚めた。苦しかったけど、うつらうつら眠っていたのか。
カーテンを開けても明るくはない。どんよりと曇っていて、珍しくカラスが飛んでいる。新宿でもこの辺りはごみは綺麗に整理されて持っていかれる場所だから。私が働いていた所からカラスが帰るのかも。
まだ北沢さんに連絡をするのは早い時間だな。起こしちゃいけないから。
学生さんで全然知らない女の子だけど、
「おはようございます」って。私に言ってると気づいて慌てて、
「おはよう。気をつけていってらっしゃい」
彼女はペコっと頭を下げて小さく笑みを残して進む。
そう。気をつけてね、今は朝だから大丈夫だけど。ひとけのない所では・・・。
ううん、大丈夫。貴女は私じゃないからね。
だめだ、戻ろう。転ばないように早歩きして部屋に行き、炊飯器の音がピーと鳴って体がびくっとなった。何度も、私は大丈夫。北沢さんがいるからって呟きながらおにぎりを作ると睡魔がきて、また私は横になり、そして悪夢をみた。
昼の十二時だった。
童話の中の悪魔のようにマントを広げて私をおおわれて、眠らせないか悪夢に誘いこまれる。
だけど、前とは違うわ。北沢さんがいるんだから。
「どうしたの?」
「連続して、ひどい夢をみてしまって」
「そうか、辛いね。もう大丈夫だから。行こうか?」
「ん・・・私がそこに、でもいい?」
「もちろん」
私が行くとすぐに玄関にでてくれた。
北沢さんは昼食の用意、彼にとってはブランチかな、用意をしていた。食欲がないというとお茶をいれてくれて楽にしていてとソファに座らせる。
「夜に目が覚めて。外を歩いたの。二度寝したけれど、またうなされてしまって」
彼は横に座り、手を握ってくれ、何度も「大丈夫、ここにいれば安心だから」と言ってくれた。これが続くかどうかわからないし真理子さんにはまだ言わないでと頼むと頷いて肩を抱いてくれた。体が触れるのを拒んではいないけれど体がかたくなったのは二人ともわかった。嫌じゃないのだけれど・・・。
食事の準備してと言うと、彼は微笑んで台所に行った。
とても美味しそうな匂いにつつまれて、また睡魔がきたようだ。ソファに横になって目を閉じた。
そして、目が覚めた時は落ちないようにテーブルをソファに近づけてくれてて、私の上に毛布がかけられていた。悪魔の黒いマントから、北沢さんが守ってくれていたみたいに。
「明日、吉野さんの所に署名もらいに行くんだよね」
「そしたら役所に行こう。
何か食べられそう?」
「うん」
ゆっくり起きあがり、あたたかい食卓についた。




