第3話 夏美の魔法
童話の中で魔法をかけられるのは、いつも女の子。
なんだっけ? 永い眠りの後に王子様からのキスで目が覚めるのって。私ならさ、ずっとずっと眠っていたっていい位なんだけれど。楽しい夢だけをみてね。
よくあるのは、苛められたリ嫉妬されたりした女の子が魔法かけられたり誰かに助けてもらえるんだよね。それまでの努力とか我慢強さの声が魔法使いに届くのかな。
だったら、私の声も届くといいのにな。だめだめ、そんなこと夢見ていたら。あれは童話の中の話しで、私が住む世界には魔法使いはいないんだから。
***
私? 私は渡に拾われた。ん、助けてもらった。
あの日、イベント会場でバイトした時に駅まで行って。どこのネットカフェか漫画喫茶に泊まろうか考えていた。
荷物もコインロッカーにあるから、どうしようかって迷ってるうちに電車が何本か通り過ぎていったんだ。
男性が近づいて来て、
「君、さっき会場で仕事していたよね。」
って。
面倒なことになると嫌だから、違うと言おうかと思ったんだけど、ついそうだと答えちゃった。
渡は、そのイベント会場の企画と運営をしていた1人なんだって。そういえば見かけたような気がした。名刺を受け取ると私の警戒心が少し弱まったみたいで、食事に誘われたんだけど「ついて行っていいかな」って思ったんだ。
食事とお茶をして渡は、
「ちょっと待ってて。」
と言ってメールした。
「家内のやつに『職場の人と飲んでるから』って。」
そんな風に嘘をつくんだ。だけど、その方が夫婦ってのはいいのかもしれないんだと知った。その後も、もう少し私の話が聞きたいっていうし、私の方は時間があるから構わない。
結局は私は淋しい1人の時間よりは聞いてもらっていた方がましかもしれないなって。
***
「あのさ、夏美ちゃん。何もしないからビジネスホテルに行かないか? そこなら大抵は予約が要らないんだよ。空いた部屋がなくても別の所覗いてね、すぐ見つかるだろうから。」
私は名刺もくれたし、ちょっとは疑いの気持ちもあったんだけど頷いた。なんていうのかな、久し振りにふかふかの布団の上で眠れるんならそれでいいやって単純な動機ってやつ。
2人でコンビニで食べ物と飲み物を買ってホテルの部屋に入った。
渡は腕を組みながら私の話しの続きを聞いてくれた。
そして、
「ゆっくりお風呂に入ってきなよ。」
お風呂に湯をはってきてくれた。だけど、私はいつもシャワーばかりだったしお風呂は苦手だったんだよね。落ち着いて入っていられないんだ。
あいつ、あの男の顔が頭に浮かぶ。ママがいる時でも時々私を嫌な目つきで見ていたママの恋人。どうして男を家に連れてくるんだよ、それだけでも私はイライラしていたのに。
その男とつき合って何か月かして、ママが料理してる間に私に話しかけてきた。
どうせ私は一緒に食べないから無視してたんだけど、あいつは私に「話さない?」なんてさ。ギロリと睨みつけて自分の狭い部屋に行こうとしたら、ついてこようとして「やめてよ!」って怒鳴りつけたやった。
ママに聞こえるとママは気分悪くするだろうし、でも、怒鳴るしかないじゃない。ドアを閉めた時にはノックまではしなかったから少しはホッとしたんだけど急いで鍵をかけたんだ。暫くはあいつ、何も言ってこなかったけれど・・・。
すぐにシャワーから出て髪の毛を乾かし始めたら、
「早いね。じゃあ、洗面使うのが終わったら俺も汗流してくるから。」
私は渡が入り始めてから、また迷った。やっぱり服を着て出ていこうかって。やっぱり男性と二人になるのは怖かった。
でも、話を真剣に聞いてくれた人だし信じていいのかな。頭の中がどうしようとグルグル回った。迷ってるうちに渡が出てきた。
「夏美ちゃん、俺、考えたことがあるんだけど。」
私はその話に凄く驚いて時間が止まってしまったみたいに思えた。数日考えていいと言われたけれど私の心の中では、もう決まっていたんだ。
この渡さんを信じてみようって。こんなに私の話しを聴いてくれる人は今までいなかった、優しい人なんだよ。味方してくれてるんだよ、きっと。
寝る時は大きなベッドだったけれど、気を遣ってくれて私がベッドで渡がソファで眠ることになった。
話しに驚いて、ベッドが柔らかいのか硬いのかわからない。子供になってトランポリンみたいにその上で跳ねてみたいと思った。
今何時? 朝になって魔法がとけてしまったらどうしよう・・・。
嬉しさと魔法がとけてしまう怖さで、頭がまたグルグル回る。花があったら花占いして、魔法がとけるとけない、とけるとけないとやってみたいなって思ってるうちに眠りが訪れた。
***
翌朝、渡と私はコンビニのサンドウィッチを食べて、私は渡に昨夜の話しお願いしたいと頭を下げた。
「そうしてくれると俺も嬉しいよ。」
どうして彼も嬉しいのか、わかるようなわからなかった。慈善事業してるのかな。
これからどうするか計画を考えてくれた。
13時に待ち合わせする約束をして部屋を出た。
私はコインロッカーにある荷物を取りに行って約束した場所に向かう。時間まで余裕があるから、駅の反対側の出入り口に行ってみたんだけど。なんだか煉瓦のお城のような建物が奥の方に立っていた。
サングラスをしたり綺麗にお化粧したりお洒落な人が沢山いて、周辺のお店も覗いてみたいと思っても私は入ったらいけないような気がしてちょっと惨めな気持ちにいなったな。
そこにいる人達はみんな楽しそうでなんだか自分が居てはいけないとも思ったし。変だよね、同じ人間なのに。それに私はもうすぐ抜け出せるかもしれないのに。惨めになることなんてなかった。
待ち合わせ場所に行ってすぐに渡も来た。軽く食事をして、それから行ったのは不動産会社だった。
渡の名前で部屋を借りてくれることになっていた。私は部屋を借りるのにお金もないし必要な書類をすぐに取り寄せることが出来ないから。
渡は自分の事務所の近い場所を選ぼうと言った。私はどこでも良かったけれど「女性専用」と書いてある不動産屋前のチラシを見て、
「女性専用のアパートは駄目ですか?」
「そんな所があるのかな。」
「ここに書いてあります。」
「しっかりした所がいいんだな?」
「はい。」
「でも、それだと俺が行きにくいな。男性が行くのは禁止はされてないと思うけど。とりあえず事務所に近い、俺に近い所も安心できないかな? そこから探してみよう。」
部屋の候補は3つあり、案内されて渡が決めて申込みして正式な書類がそろってから本契約になった。
「保証会社に所得証明書出したりするから今日から部屋を使うのは無理だよ。それまではホテルだな。明後日だからすぐだよ。」
「はい。でも、本当にいいんですか? お金が残り少ないんです。」
「俺が助けたいんだよ。」
「・・・ありがとうございます。」
早く部屋が欲しかったし自分で出来ることじゃないからその部屋で良かったし、嬉しかったな。甘えてしまっていいのかと気になったんだけどね、渡って人が王子様に思えた。
***
部屋は事務所から歩いて7~8分の所。渡は生活できる物を次々と用意してくれる。
「あの、私、事務所の掃除とか何か手伝います。」
「えっ? いや、そんなの必要ないよ。」
「でも、こんなに・・・。」
「じゃあさ、またイベントの仕事があったら持ってくるから。」
そうか、事務所に私が出入りしても迷惑だよね。
部屋は整っていくけれど、まだ食事の準備は出来ないから外食して、その後で、
「落ち着いたら材料買って何か作ればいいからね。」
そう言って、私のポケットに何枚かお札を入れた。
私は、仕事のことを考えて目についた無料のバイト探しの冊子をとり、部屋に戻って床に大の字になった。
王子様か。一体いつ魔法をかけられたんだろう。明日は目が覚めたらどうなってるんだろうなあ、魔法が消えてないといいんだけど。私は頬をつねってみた。痛いけど。じゃあ、これは現実だよね。
う~ん、なんだか少し疲れたかな・・・とっても眠いよ。
私は今まで苛められてきたけれど、渡によって魔法がかけれた。
現実の世界でも魔法があるなんて。童話じゃない世界にいる私。でも、でもね、お願い。誰か言って。
もしも夢なら、夢なら覚めないで。お願い。叶えてほしい、不幸から脱け出すために。