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流れる   作者: 白石 瞳
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第21話 「底辺」から見える静寂な空

 私は何故、奥さんに過去のことまで話してしまったのかわからない。

 渡とは離婚するといっても私には子供が出来たんだしそれを聞いて、どうして落ち着いていられるのだろう。


「理由が必要?」

「そうですね。奥さんにとっては私は憎むっていうか疎ましい相手なのに。責任感のようなものですか?」

「ふぅ。責任感ね。何のためのかな。夫の子供を宿してるからってことかしら。『責任』ということで言うならね、私は貴女を責めてもいいのにね。『どうして私の夫と』って。」

「すいません・・・そうです。」


 私は出会いって、たまたまという気もするけれど、ある程度、必然的な気もしてきている。出会いも別れも、色々な出来事も。


 気が合わないなら男女も同性も親子も関係なく磁石のように弾き合う時は弾いてしまうから。

 S極とS極、M極とM極なら、少し話せば、あるいは雰囲気だけでも合わないと感じたら一緒に居たいと思わないんじゃないかしら。

 後からそうなってしまうこともあるけれど。


 私はそう思っている。

 母とは上手くいっていたし、吉野さんも母の親友だから「合う」わけじゃないと思う。母のことは別として吉野さんと私が合うの。今も時々近況報告するし年に数回食事してる。

 夫の親は・・・最初からダメだったわね。


 カトリックの神様が言うような「神の摂理せつり」というのか、自分達では見えない神の力がはたらいて導かれて、出会いがあったり出来事があるんじゃないかしら。

 私が産まれてきたのも、神の摂理で母にそうさせてくれたのよ。彼女はカトリックじゃないけれど。

 私ったら、都合のいいクリスチャンね。普段は殆どお祈りしないのに。でも、出来事って「神の摂理」っていうのが一番納得がいくのよ、私にとっては。


 ***


「理由は貴女から出る、悲劇的な、悲壮なオーラだわ。」

「それって、悲劇って不幸ということですか?」

「貴女が一番そう思ってるんじゃないかしら。私もそう思うわ。同じ母子家庭なのに全然違っていて。」

 だけど、私に会いに来てくれたでしょう。希望を見つけようとしてる人だって感じたの。」

「私は・・・ただ、逃げていただけで。奥さんにも謝ることしか出来ませんでした。」


「逃げてるって思うのね。」

「過去のことも渡さんからも離れたい、逃げたいって。」

「うんうん、嫌な思いしたんですからね。だけどね、それは貴女のせいじゃないのよ。『逃げる』って悪い言葉だと思ってるのかな。」

「う~ん。自分がもっとダメになっていくから、悪い言葉ってだけじゃないのかもしれません。自分を守ったって感じです。」

「守ってきたのよね。もう1度言うわね、『貴女のせいじゃない』のよ。」


 ***


 逃げる、忍耐強く生きる、って美徳のように言われる言葉のイメージ。

 言い換えれば、酷い状態から抜け出すとかサバイバーとか新しい環境でやり直して見るって意味もある。壊れるくらいの場所にいて忍耐強さを求められたら、ただ生きてるだけの廃人だもの。

 逃れられない相手に別れを告げて「はい、どうぞ。行ってください」なんて有り得ないから、自分がそこを内緒で去るわけで。


「自分がダメになる前に、そう気がついたのなら貴女には力が残ってるんじゃないかな。」

「我慢できなくて・・・。」

「ずっと思いつめたのね。我慢するって、ステキな言葉よね。ゴールが見えていたり解決できる目標なら『我慢する』って、あてはまるというか、いいと思うの。

 そうじゃないこともあると思うわ。貴女が壊れたように。」


 理不尽なことされて弱みにつけこんで「支配と呪縛」をうえつけられてしまった。優しいから色々なことを「自分が悪いからこうなってしまった」って責めやすいわね。


「1人で考えて、やってきました。間違ったこともしてしまいましたけれど。」

「貴女、よく苦しみながら頑張ってきたわね。不快な人間が悪いのよ。そんな人達の気まぐれのために振り回されて、傷ついて。今は『なんとかしたい』って思うのよね。」

「はい。小さくていいから楽しんだり、笑って過ごせる時間が欲しいです。

 だけど、疲れてしまって・・・先のことがわかりません。考えなきゃいけないのに、考えられなくて。」

「頭の中がグルグル回るのね。疲れてしまったら混乱するのも当たり前だわ。

 そんな時にはね、たくさん寝たり休めばいいのよ。好きなだけ。」


 ***


 奥さんはどうして私の心にスーと入り込んでるのだろう。

 私が言ったことに同調したりするだけで説教みたいなことは言わない。全然、なんていうか不愉快じゃない話をしてくれる。話すってより私のことを聴いてくれてる。

 渡なんかよりも、たった1度話しただけで、耳を傾けてくれている。

 あの、みち少年や新宿の街で会ったママもそうだ。話したいと思って話す人は私を無視して、そうじゃない人に限ってちゃんと聞いてくれてる。縁っていうのかな。


 苦労したことがないから人に優しく出来るっていう奥さんの自己満足かなぁ。でも、きつい思いしたことない人ってすごく押しつけてくるし。

 最近知り合った人達って、自然に接してくれてるというか。


「あの、聞いてもいいですか?」

「答えられることなら答えますよ。」

「母子家庭だったんですよね。お父さんはいないけれど生きているって。」

「私の母は芸者だったの。恋におちたというのかな、ある男性とつき合うようになって私が産まれたの。

 私は1度も彼に会ったことがないから、いないって思ってきたの。」


 私は、かいつまんで夏美さんに両親の話をした。

 恋におちて子供が出来たけれど母は父の申し出を断って私を産んでくれたこと、母との2人の生活は寂しくはなくて姉妹みたいな親友みたいな関係でもあったこと。だから父親の存在は必要ではなかった。

 でも、最近、その男性に会ってみたいと思ってる、何を話していいかわからないし、「お父さん」「パパ」って呼べるかどうかわからないけれど。


 ピーターのことは今は話すのはやめておいた。なんとなく。

 今は彼女のこれからのことを少しでも考えやすくするために、幅を広げたくなかった。


 彼女は私の話しを聞いてなんて思ったんだろう。何も言わないけれど、深く考えているようだった。


「お風呂かシャワー浴びる? 夏美さんがしたいことを言ってね。」

「ありがとうございます。シャワー使わせてください。」


 空は満点の星なんだろうか。どこまでも続く闇。でも、月や星の光がきらめいて。それは、さっき私が落とした小銭が星になって。

 外は闇でなく、ただの静寂な夜の訪れ。私をゆっくりと眠らせてくれるための。

 例え、流れ星がなくて願いがこめられなくてもいい。

 夜になって、また新しい朝になって太陽が昇ってく。今は私には眩しすぎるだろうけれど、いつかは太陽も好きになれるかもしれないって思った。


  ***


 久しぶりにゆっくりと眠ることが出来た。

 朝は少しだけオレンジジュースと食パンを食べてお礼を言うと、奥さんと電話番号とメールアドレスの交換をした。


「お願いがあるの。この部屋のことは夫は知らないって話しましたね。内緒にしておいてね。」

「わかりました。」

「それから、夫と私のことと、夏美さんと夫のことは別の問題だと私は思ってます。

 2人のことは2人の問題。」

「なんとなく、わかります。」

「でも、彼のことで困ったら話は聞くし、それから、彼のこと以外でも話したくなったら、ここに来たかったら連絡してね。」

「なるべく1人でやってみますけれど。」

「えっと、そうね。でも、1人で考えて難しければ、いつでも。人に頼ることとって悪いことじゃないと思うから。私も困ったことあったら連絡していい?」

「はい。」


 困ったことか。

 渡とは上手く話せないと思う。っていうか「部屋借りてやっただろう」みたいに恩着せがましくキレるだろう。すでにキレてるとは思うけど。

 だから、私が頭下げて、お金返せっていうんだったら返せば解決できるのかな、って思ってる。「好きでこうしたいんだよ」って言ってくれたんだからお金は返さなくていいのかな、わかんないや。


 それから、赤ちゃんとその後のこと。見えないことを考えるのって難しいな。

 奥さんは・・・渡と別れても家もあるし、しっかりした人だから生きていけるんだろうな。

 ダメだな、比べたりしたら。奥さんには奥さんの悩みとかあるんだろうし離婚って簡単なことじゃないから。


 ***


 お店の指定の病院に行くと、妊娠してるって言われた。これで確実になったんだ。

 わけを話して仕事を辞める挨拶に行こう。


 若い男が店長を呼ぶと不愛想だけれど、

「いい仕事してくれたよ。でも、あんたさ、この世界の水は合わないな。子供堕ろした後も仕事はしないって、正解だよ。

 店やってるとさ、俺のようなチンピラでも見えてくるものってあるんだよ。こういう底辺にいるとさ、見えてくるんだよな。」


 頭を下げると、若い男が最近の売り上げ分を封筒に入れて持ってきて、店長は自分の分厚い札入れから

「はだかで勘弁。まぁ、退職金。」

 って、渡してくれた。


「こんなに・・・。お世話になりました。」

 私は深く頭下げて、その部屋を出た。


 封筒にも、ここ数日の売り上げ以上のお金が入ってるに違いない。いつもより封筒が重いもの。店長からもあんな言葉かけてもらえるなんて思ってなかった。


「底辺」か。

 チンピラになったのも最初から「悪人あくにん」なんかじゃなくて、たぶん、小さい時から何か嫌な経験して行き場がなかったんだろうな。女だったら、ここで使われる側だけど男は無理だから反対の立場ってだけで。


 私も「底辺」側の人間だ。店長とは違うけれど私には私なりに見えてきたものがあるよ。突き落とされた者じゃないと見えないものがね。


 本当はさ、学校出て大きな会社で働いてる人も「底辺」にいる人もあんまり関係ないんだな。人のこと思う気持ちって。たぶん、想像力なんじゃないの? 

 相手が「どういう体験して、どう感じてるか」なんて、実際に経験してなければわからない。それに同じ体験でも人によって違うだろうし。


 だから「理解し合える」って、すごくチープ。理解できるってんじゃなくて、想像力とか話を聴いてくれるってことなんだよね。


 前に、みち少年が言ってたな。ホームレスの人も色々さ。

 リストラされて人生が嫌になって。きっと、そのリストラの前には会社内でモラハラやパワハラってのがあったんだよね・・・。


 この何ヶ月かで、私は少し勉強したよ。

 人をさ、真っ直ぐ見ることも横から、下から上から、斜めから見ることが・・・ちょっと出来るようになったかも。


読んで下さり、ありがとうございます。


次話に入る前に1話からの話しを見直したいと思っております。


更新が遅くなるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

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