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流れる   作者: 白石 瞳
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第18話 人魚の涙と真理子との再会

 自転車に乗れるようになった、みち少年は興奮して夜は眠れないのかもしれない。

 嬉しいことがあった時って、そういうことがあるよね。

 歩くのもいいけれど、自転車に乗れると行動範囲が広がる。友達の家にも行けるし遠くにも行ける。

「出来るんだ」って強く思えば出来るのも早くなるし実現するものかもね。彼は最初は怖かったけれど私を信じてくれたってことだよね。また会えるといいな。

 彼は私が殆ど金髪に近い栗色の毛の色でも、驚きもしなかったし何も聞かない、言わなかった。不思議だ。もしも彼が家の人と公園に来て私とあったら家の人はなんて言うだろう。



 何人かの男の相手をしていても今日は頭は働いてるから不思議だ。朝はぼんやりしていたしずっと気怠かったのに。いつもは相手してると何も考えなくていいから嫌なこと忘れられるんだけど、頭が回転しちゃってるなぁ。

 私って、ほかの何人かの女の子達と一緒で、もしかしたらセックス依存症かもしれない。完全な逃避。不特定多数の人と関わることで解放されるんだから。


 客が途絶えてきたようだし体調悪いから店で仮眠させてもらって、始発に乗るために駅に向かう。

 近くには大きなデパートもあるのに、早朝は本当に人が少ない。道端には捨てられた缶やゴミが落ちていたり自転車が倒れている。どぶの匂い。

 こんな風景は昔の家の寂しさと虚しさが思い出されてしまう。空気がね、澄んでいないんだよね。どんよりしてるっていうのかな。

 欲望と金とざわめきの・・・残骸ざんがい

 誰かが掃除するんだろうけれど、24時間後には同じ風景の繰り返し。


 ***


 少し疲れて電柱につかまって座ると、


「ちょっと、貴女。大丈夫なの?」

「・・・目眩めまいが、立てると思います。」

「立てるじゃないわよ、ゆっくり、ほら、私の手につかまりなさいよ。」

「ありがとうございます。」


 彼女、か、彼なのかわからない。見た目は男性だけど化粧してワンピース着てる。この人も朝帰りのようだ。


「もう5時ね。地下鉄は動いてるけど、家は近いの?」

「はい。でも、落ち着いてきました。」

「これ、飲みなさいよ。大丈夫よ、口つけてないから。」

「いいんですか? ありがとうございます。」


 セカンドバッグからペットボトルの水を出して渡してくれた。お酒の匂いがするから、この人も飲みたいんじゃないかな。


「あの、先に飲んで下さい。おねえさんこそ、お酒大丈夫ですか?」

「私? 貴女ね、私達はボトル開けさせて『なんぼ』なのよ。飲んでも飲まれないのよ。遠慮なし、ほら、飲んで。」

「はい。」

「・・・何線? 地下道は同じだろうから、行きましょ。

 なんだか、見てて危なっかしい。」


 水を飲んでゆっくり立ち上がると、私の手を腕につかませた。同じ路線じゃなかったけど、改札までついてきてくれた。

 行く途中に、よかったらタクシー代少しだけどって5千円財布から出されたけれど、それは受け取れない。

 涙が出てきたら、何も言わずにハンカチを渡してくれた。

 なんだか、気分や睡眠不足で倒れるというより、この人の優しさが嬉しくてまた泣き崩れそうになった。


「ハンカチ、持って帰っていいから。」

「洗って返します。」

「・・・気が向いたらそうして。」


 お店の源氏名の書いてある名刺を渡してくれた。お店で「ママ」の立場なんだ。経営者か雇われママかはわかんないけど。

 ハンカチはどっちでもいいという感じだ。お礼を言うと真面目な顔をされて、


「私の妹位の年令かしら。もう何年も会ってないのよね、家族に。

 無理しちゃダメよ。私ね、他の仕事してきたし、この店でも沢山の人をみてきてる。あんたって、この世界はむいてない気がする。なにか話したくなったら店に来て。」

「はい、ハンカチは返します。」

「やだ、もう。あんたって。そういうことじゃなくて。

 こんなこと言いたくないけどさ、苦労してきてるでしょ。気晴らしに来なさいよ、ってこと。

 大丈夫、あんたには誰にも指1本触らせたりしないから。そういう店じゃないけどね。

 あら、電車来たわ。気をつけるのよ。」


 6時半すぎると電車も人で混んでる。

 早い時間で良かった。座れるけど意外と混んでる。シートに横になって寝てる人もいるんだ。上司に飲むのにつき合わされたサラリーマンみたいだ。彼も毎日が繰り返しなのかもしれない。

 みち少年にしても、ハンカチのこの人にしても、どうして優しくしてくれるの?

 どうして一瞬で私のことがわかるの? 信じちゃうよ、私、私に優しくしてくれる人は信じちゃうんだ。そして、また泥沼にはまるんだよ。傷つくんだ。

 だから、お願い、誰も私のこと優しくしないでよ。

 ハンカチが涙で一杯濡れて、やだ、鼻水まで出てる・・・顔から下を覆った。


 危なっかしいのは、今だけじゃない。今までも、これからも? ううん、嫌だ。早朝の街の残骸のように24時間繰り返されるのは、私も同じじゃないか。もう終わらせたい、終わらせないといけない。

 川の近くにぎりぎりに立ってる大きな樹。それが強い風にも雨にも台風でも倒れないのは、根っこがシッカリしてるからだ。ちょっとやそっとではビクついたりしないで樹が自分で自分を支えてるんだ。

 なんとなく、なんとなくなんだけれどハンカチのおねえさんって私とは違って土台がしっかりしてるような気がした。それから、あの人は悪い人じゃないような気もした。


 行動をおこすんだ。部屋に着いて、通帳を調べた。


 ***


 トイレで「反応してる」って色を見ても驚きはしなかった。生理が遅れてるのは気がついていたし気分が悪くなるから。

 渡には話すつもりはない。

 彼が望んでるはずがないから嫌な顔されるのを見たくないんだよね。客と違って避妊頼んでもしない渡だったから、彼の子供だ。

 自分で考えることだと思う。魔法にかけられなくても1人で出来るし、私はシンデレラじゃない。ガラスの靴も要らないし、王子がいなくても自分で何とかするんだよ。



 この子には可哀そうだけれど・・・ごめんね、私では無理だ。

 不幸な私が産んで育てたとしても、子供は不幸になる。

 あの提携してるクリニックでなんとかすることになるんだろう。だけど、それをすると私は罪悪感を持ちながら、一生結婚もせず子供も持つこともなく生きてくんだろうか。


 まだ残ってる水を飲んで、そしたら、少し口にしてみようと食欲がわいてきた。プリンとオレンジジュースなら大丈夫そう。

 洗濯してベランダに出ると人が行き来している。「普通の人達」の朝が始まり、時間が動いてるんだ。

 借りたハンカチを丁寧に手で洗って干して、鞄に入れた貰った名刺を見ると、たぶん、あの辺りの店だろうと見当がついた。何かお礼したいな。


 ***


 電話が鳴って、渡からかとビクついたけれど、みち少年からだった。学校が終わって公園で自転車の練習をしてるらしい。


「お姉さん、体は大丈夫?」

「ありがと。」

「自転車のれてるよ。でも、ぼく、さっき2回ころんでさ。」

「ケガはない?」

「お母さんみたいだ。」

「えっ?」

「メールしたらさ、『いたかったでしょ。けがはない?』って。」

「優しいね。」

「うん、大好きだよ。お姉さんもそうじゃない。やさしい。」

「・・・。」

「ごめん。わかいんだから『お姉さん』だよね。

 あっ、友達がきた。またね。」

「うん。ありがとう。ありがと・・・。」


 お母さんみたい、か。みち少年はお母さんが好きなんだ。あんなに伸び伸びしていて、偏見もないし愛されて育ったんだろうな。



 渡は当然、仕事のはずだ。時々昼間に連絡があるけど。

 私は、気がどうかしてるんだろうか。シャワーを浴びて着替えて渡のマンションに向かった。謝り方はわからないし、そんなことをしない方がいいんだとも思う。

 妊娠のことも勿論、言うつもりはないけれど1度奥さんに頭を下げなきゃって思ったんだ。

 何言われても言い、ビンタされて当たり前だ。顔も見たくないって言われてもどうされてもいいから、謝りたいって。

 今、自分が目の前にあることでしなきゃいけないことって、奥さんに謝ることって気がする。


 2日連続で、あのマンションに向かうことになった。

 でも、来てみると私のしてることって常識はずれなのか、不快にさせてしまうし、一体何をしにきたんだろうって玄関まわりをウロウロしてしまった。

 綺麗に手入れされたマンションの前の植物。本物の煉瓦じゃないけれど、薄い茶色の壁ってちょっぴり温かい感じがする。


 後ろから

「夏美さん?」

 と、奥さんの声がして振り返った。


「あの、こんにちは。」

「何か仕事の頼まれごとかしら?」

「いえ、あの、違います。奥さんに、あの。」

「・・・ここではね。部屋にどうぞ。」


 もう帰るわけにはいかない。仕事のつかいでもないし、しどろもどろになって話す私に奥さんは私が来たことに察しがついてるようだ。

 エレベーターに2人で乗ってる時間が長く感じられた。顔も目も上を向けることが出来ない。


 玄関が開けられて、先に奥さんは入りスリッパを用意してくれたけれど、私は靴を脱ぐことが出来なくて足が動かないでいる。まるで私は棒になってしまったみたいで歩くことも話すこともままならない。

 怖くて涙が出そうだった。今日は涙ばかりだ。


「ごめんなさい。」

「とりあえず、上がって下さい。」


 私は頬まで出た涙を拭いて奥さんの前に腰掛けて、もう1度頭を下げた。

 何て言い出すかを考えてるのか、私から切り出すのを待ってるのか、私の顔を見ないで窓の外を見てるからどうしていいかわからない。

 大きなため息をつき、


「夏美さん、私ね、知っていたのよ、2人のことは。

 でもね、彼とは離婚したいと思ってるから、あの男でよければどうぞ。」



 あの男でよければどうぞ・・・私ったら、なんて嫌味で失礼な言い方を夏美さんに。

 でも、彼女、「そういうつもりで」来たんでしょ? 旦那さんと別れて下さい、ってね。泣いてるけれど、私は、その手にはのりたくないの。

 相手の女性が若いからって、ちゃんと冷静に話し合いたいわ。話し合うといっても、彼女は言葉が出てこないようだし話すことなんて私にはないんだけど。


 無邪気ね、こういう時って私は貴女に不貞行為の慰謝料請求をしようと思えば出来るのよ。するつもりはないけれど。

 たぶん、そんなことは知らないんだろうけれど。つき合ってる女性に、私に会いに直接来るなんてどういうつもりかしら。

 勇気があるのね、ああ、これは嫌味じゃなくてね。


 勇気はあるけれど・・・この間感じたように、私に会うからっていうことじゃなくて、なんていうか常に何かに怯えてるような。この世界に繋がってないって感じの存在の人。

 まるで人になりたいのに願いが叶わない人魚の切なさと哀しさを持ってるかのような。

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